ARMORED CORE PROJECT PHANTASMA
ツヴァイトは舌打ちをした。
「あんの野郎ォ……面倒な仕事おしつけやがって」
ここは、ツヴァイトがねぐらにしているアイザック・シティから遥か離れた辺境の地。地下都市アンバー・クラウンの近くにある、薄暗い森の中だ。
敵の哨戒網が厳重に張り巡らされていて、うかつに動けない。熱が探知されるとまずいから、エアコンも使えない。狭いコックピットにカンヅメ状態で、はや一時間と少し。
ただでさえ暑っくるしい、アーマード・コアのコックピットにである。ツヴァイトでなくても嫌気がさしてくる。
ボトルに残った最後の水を飲み干すと、ツヴァイトはタオルで額の汗をふき、濡れたタオルをシートの下にねじ込んだ。タオルはもうぐしょぐしょで、汗の一滴も吸い取りゃしない。ついでに、空のボトルも足元に転がしておく。
ツヴァイトは盛大にためいきついた。
ほんとうなら、いまごろ、アイザックのきれいなおねえちゃんをはべらして、ドンペリでもあおってる頃だというのに。
というのも、全部あいつのせいである。あの、童顔の相棒のせいだ。
「アンバー・クラウン?」
ツヴァイトはオウム返しに聞くと、あいつは――エーアストは、手に持っていたハードコピーをよこした。
ソファに寝っ転がったまま、ツヴァイトはコピーをうけとる。どうやらそれはメールをプリントアウトしたものらしい。ヘッダとフッタであろう、謎のアルファベット配列に挟まれて、短い文章が変な改行位置で記されているのだった。
>君を有能なレイヴンと見込んで依頼する。ある地下組織に囚われた
>要人を救出して欲しい。
>その人物は、アンバークラウン東部にある、組織の基地に監禁され
>ている。君が基地に侵入したら、その人物自身も内応して脱出をは
>かる手筈になっている。
>報酬は40000COAM。詳細は追って連絡する。なお事情があ
>ってそちらの返事は受け取れない。絶対に、このメールに返信しな
>いこと。
で、あとは電子署名だ。
ツヴァイトは最後まで読み終えもせず、ハードコピーを投げ捨てた。二人が隠れ家にしているアイザック郊外のボロ倉庫は、まるで豚小屋のように薄汚れている。油をよく吸った汚い埃の上に、白い紙が舞い落ちた。
エーアストはこれみよがしに顔をしかめて、黒く汚れたハードコピーを拾い上げる。ツヴァイトと違って、女の子みたいにきれいな彼の顔が歪むというのは、見ていて不気味な快感を呼び起こすものでもある。
「あのよォ、エーアスト」
「なに?」
「んなメール一つで、ほんとに信じてるわけじゃないよな?」
ハードコピーの汚れは深刻だ。エーアストは顔をしかめたまま、汚れていないところを指でつまんで、そのままゴミ箱に放り込んだ。
「信じてるよ」
「どぉ考えたって怪しいだろうが!」
「ちゃんと読んでよね。ネストの署名コードつきだよ」
ようやく、ツヴァイトはソファから起きあがった。
ネスト――レイヴンズ・ネスト。ある種の傭兵派遣組織だ。クローム社とムラクモ・ミレニアム社の武力衝突が日に日にはげしくなってくる昨今、大にぎわいを見せているのが軍需産業である。もちろん兵器だけではなくて、兵士をあつかう商売も大盛況。その中での最大手が、レイヴンズ・ネストというわけだ。
アーマード・コア――ACと呼ばれる大型のロボット兵器を操り、どこの会社にも所属せず、ただ報酬に応じてどんなきたない仕事でもこなす傭兵、それがレイヴンである。そのレイヴンをまとめている組織だから、レイヴンズ・ネストというわけだ。
エーアストもツヴァイトもレイヴン。このメールを送ってきたのも、ネストの署名コードを持ってるんだからたぶんレイヴン。レイヴンとレイヴンは、お互いに匿名であっても、ネストを介して100%間違いない身分証明をかわすことができる。便利な世の中だ。
「これは、ネストを介した正式な依頼なんだ。信用できるよ」
「あ、そ……。ま、どうせひとごとだ、好きにやってくれや」
「ひとごとじゃないって。きみが行くの」
「ああ!?」
今度はツヴァイトが顔をしかめる番だ。猿みたいに顔をくちゃくちゃにして、エーアストを見れば……向こうは涼しげに微笑んでいる。いかん、だめだ、もう押しつけた気でいやがる。こいつのペースにのまれてなるものか。
「なんでオレが! 冗談じゃねえ、こんないかにもワナはって待ってますよみたいな仕事だぁれが」
「スクラップ地区のぼったくりバーで女の子にひっかけられたんだって?」
ぎく。
頭のてっぺんから冷や汗がだらだら流れてくる。一体なんでばれたんだ。いやいやそうじゃなくて。エーアストは相変わらずのすまし顔。だがその後ろに見えるカゲロウのようなオーラは一体なんだ。
いかん。だめだ。かなり怒ってる。ツヴァイトはしかめっつらをいきなり愛想笑いに切り替えて、後ろ頭なんぞかきむしりながら、エーアストの前でバッタのようにへこへことこびへつらい、
「いやっはははは! それがまたかあーわいい子でさあ! リンファっつったかなあ、親元はなれてホウシァンから出てきたばっかの、かわいそうな15歳! いやもう健気で大人しくってこう二の腕のところにぴったり寄り添ったりしてな?」
「請求書、見る?」
「ごめんなさい行ってきます……」
ツヴァイトは迷わず土下座した。
「ちっくしょうっ! 帰ったらぜったいはたいちゃるっ!」
悪態を吐きながら、コンソールに指を走らせる。待機モードになっていたモニタが淡い光を放ち、カメラアイが捉えた画像を映し出す。カメラは遥か森の向こう、むきだしの岩壁を映し出している。あの岩壁のどこかに、秘密基地のゲートが隠されているという。
秘密基地! トイレの中まで誰かが監視してるかもしれないこのご時世に、秘密基地とは恐れ入る。当の本人達がどんなつもりでいるかはしらないが、情報はつつぬけである。
そのとき、一機のヘリコプターが空から舞い降りてきた。ヘリは岩壁の前にホバリングしている。ツヴァイトはカメラアイを操作して、そのヘリの映像を拡大する。しばらくすると、岩にしかみえなかった壁が、低い駆動音を響かせながら、ぱっくりと口を開く。その中には、赤いビーコンの光。
ヘリが穴の中に入ると、すぐさま秘密の扉は閉ざされる。
大当たり、だ。
「開けゴマってなもんだ」
一時間も汗をかきかき待ってたかいがあったというものだ。
ツヴァイトの指が再びコンソールを走ると、彼を包んでいた鋼鉄のカンオケが低い唸り声を出し始める。
土気色の地味な巨体が、ゆっくりと立ちあがる。肩や腰に何枚もの分厚い装甲板を着込んだ、全長7メートルあまりの巨人。その名は「ヴィーダー」。ツヴァイトの愛機。重量級二脚型アーマード・コア。
巨大二足歩行ロボット兵器。冗談みたいな本気の兵器だ。
「さァて」
ツヴァイトはぺろりと舌なめずり。操縦桿を固く握りしめる。
「任務開始といこうかね!」
ヴィーダーのパルスライフルから、パルス曳光弾のリング型ビームがほとばしった。
MISSION#01 再来
低い振動。
スミカは簡素なパイプベッドから弾かれたように起きあがった。間違いない。この振動は爆発。
「……来た!」
誰にも聞こえないよう呟くと、コンクリートの冷たい床に立つ。シミだらけの壁や床。どからともなく立ちこめるカビの臭い。窓一つない閉鎖された狭い空間には、洗面台とトイレとベッド以外何一つ置かれていない。鋼鉄の古びたドアには、顔をのぞかせられるだけの、格子つきの小さな窓があるばかり。
ここは牢獄。三食人体実験つきで家賃無料のお得物件だ。
スミカは緑一色の囚人服をひるがえしながら、ドアの格子に忍び寄る。狭い格子の隙間から外をのぞき見れば……好都合。看守はいま一人だけだ。それも、いつもすけべえな目つきでわたしを見ていたあいつ。スミカはぺろりと舌なめずりする。
胸一杯に息を吸い込み、
「ねぇ〜っ、看守さぁ〜ん!」
鼻に抜けた甘ったるい声で看守を呼ぶ。ほーら案の定だ。看守は目をぱちぱちさせながら、好奇心満々っていう風に、ひょこひょこ近付いてくる。
「なんだ、うるさいぞ!」
「おねがいぃぃ、開けてェーっ……も、ダメ……がまんできないのぉ……」
「はぁ?」
格子を握ってドアをがたがた揺らすスミカの前に、あのすけべいな看守がやってくる。さすがにまだ疑ってるふうだ。ここからがポイントだ。スミカは目尻に涙を浮かべて、顔を真っ赤にして、上目づかいに看守の瞳を見つめてやる。自慢じゃないが、容姿にはそれなりに自信がある。いや、自慢だが。
「やつらにへんな薬、盛られたみたい……うずくの、ほしいのぉ……ねぇ、おねがいよぅ、もうがまんできないのぉっ!」
そしてスミカは片手を降ろし、パンツの中に突っ込んでもぞもぞやりはじめる。最後のオマケに、体をくの字に折って、あっとかやっとか甲高く泣いてみせる。看守はそれを見ているうち、だんだん疑いもなにもかも、どうでもよくなってきたらしい。
喜び勇んで、懐からキーを取り出した。
「へへえ、待ってろ、すぐ開けてやるからなあ」
ドアの向こうで響く、ガチャガチャ鍵をいじる音。
スミカはそれを聞きながら、映画に出てくる頭脳派の悪役みたいに、にやりと意地の悪い笑みを浮かべたのだった。
「おきてください。起きてってば……入りますよ?」
何度呼んでも返事がない。しかたなく、赤毛を長く伸ばした美女は、個室のドアロックにIDカードを通した。赤のLEDが消え、かわりに緑のLEDが灯る。空気圧の漏れる音を響かせて、クロム貼りのドアが横にスライドして開く。
赤毛の女性研究員、エリィは、ためらいもせず男の部屋に入り込んだ。
中は真っ暗で、彼は、まだベッドに寝ころがっているようだ。エリィは溜息をつき、壁のスイッチを押し込んだ。すぐさま白い蛍光灯が灯り、簡素な部屋の様子を照らし出す。飾り気らしい飾り気もない。デスクが一つ、ベッドが一つ。クローゼットが一つ、携帯端末が一つ。整頓らしい整頓もされていないが、それでも散らかってみえないほどに、ほとんど物が置かれていない部屋。
彼らしいといえば彼らしい。エリィは腰に手を当てて、口うるさい母親のように、つかつかとベッドに歩み寄った。
毛布一枚にくるまって、すうすうと寝息を立てている、銀髪の男がそこにいる。
「起きてくださいっ! スティンガーっ!」
銀髪の男、スティンガーと呼ばれた男は、面倒そうに寝返りを打ち、まだしょぼしょぼしている目でようやくエリィを見上げた。こりゃだめだ。まだ半分寝てるな。エリィは再び溜息を吐く。
しかし仕事をしないわけにはいかない。
「仕事よ。侵入者。ヴィクセンの用意をしてるから、すぐ迎撃に出てくださいっ」
「面倒だ……」
「あーもう! だだっ子かあんたは!」
このクソ忙しい時に! エリィは痺れを切らすと、毛布の裾をがっちりつかみ、スティンガーからそれをひっぺがした。
「うだうだいってないでさっさと出撃……しな……さ……」
声がだんだん小さくなる。
毛布の下から出てきたのは、たくましい男のオールヌード。
エリィはしばらくそれを呆然とじっくり観察いや堪能すると、突然、
「キャ―――――――!!」
ビンタが飛んだ。
ほっぺたに真っ赤な手のひらのあとを貼り付けて、スティンガーはパイロットスーツを着込む。
だいたい、どんな格好で寝ていようと自由じゃないか。いちいち着替えたり洗濯したりが面倒だから、素っ裸で寝る。どこが悪い。悪いのはおまえだ。いちいち細かいことで感情を爆発させる面倒な女という生き物が悪い。
どだい、女なんて面倒くさい生き物は、この世にいなくていいものなのである。
「俺は面倒が嫌いなんだ」
「ずぼらなだけよっ! あんたはっ!」
エリィは耳まで真っ赤にしたまま、肩をいからせてのしのし廊下を歩いて行った。逃げていったと言ってもいい。
スミカは紺色の帽子をきゅっとかぶった。
奪い取った看守の制服は、ちょっとばかしだぶだぶだが……まあ贅沢はいえまい。きっと、右も左もわからない新人みたいでかわいく見えるに違いない。そういうことにしておく。
スミカは腰に手を当て、溜息一つつくと、呆れたように足元を見下ろした。
「いまどきこんな手に引っ掛かるなんて……」
彼女の足元には、パンツ一枚でしあわせそうに気絶している、例のすけべい看守。のしかかってきた瞬間にバックフリップを決めてやった。しばらくは目が覚めないだろう。せいぜい、えっちでしあわせな夢を見ていてもらいたい。
「やっぱり、男はみんな死んでいいです!」
そしてスミカは駆け出した。自由という名のゴールにむかって。
岩壁に偽装したゲートを、パルスライフルでぶちやぶり、ヴィーダーはカタパルトの中に潜り込む。とたんに真っ赤な回転灯が灯り、けたたましいサイレンが響き始める。天井からつきだした固定砲台が、ヴィーダーに狙いを定めている。
「やべ」
ツヴァイトは小さく呟くと、操縦桿をひねり倒した。ヴィーダーの背中のブースターが火を噴き、その巨体を軽々と左に飛び退かせる。ついさっきまでヴィーダーがいた空間を、固定砲台のバルカン砲が貫いて過ぎる。
「おどかすなッ!」
すぐさま砲台に狙いを定め、トリガーを引く。パルスライフルのリング型ビームが固定砲台に炸裂し、その高熱で砲台を根本から融かしさる。
ほっと胸を撫で下ろし、ツヴァイトはペダルを踏み込んだ。ブースト・ダッシュで、長いカタパルトの奥まで突撃する。頭部パーツ内蔵レーダーに反応。赤い光の点がレーダーサイトに表示される。あの曲がり角の向こうだ。
手前でヴィーダーを立ち止まらせ、曲がり角から頭だけのぞかせて向こうの様子をうかがう。そのとたん、向こう側から飛んでくる砲撃の雨あられ。慌てて引っ込めた頭のわきを、無数の徹甲弾がかすめて過ぎた。
ツヴァイトはちぇっと舌打ちを一つ。
「ちょっと派手にやらかしすぎたかな……」
後悔してももう遅い。いまさら戻るわけにもいかない。
さっきちらりと見えた機影は、四脚無人移動砲台のナースホルン・タイプだ。火力はそこそこ、移動速度は遅め。四脚型だけあって装甲は薄い。レーダーを見る。ナースホルンの位置を示す赤い点は、少しずつこちらに近付いてくる。好都合。
力押しで行こう。
覚悟を決めて、ツヴァイトは操縦桿を捻った。ヴィーダーが曲がり角から躍り出る。すぐさま降り注ぐ徹甲弾の雨。左腕の下腕装甲を盾がわりに掲げると、ヴィーダーはそのまま突進する。装甲板にうがたれる無数の穴。その穴から緩衝液が吹き出す。だが致命傷は一つもない。こちとら、重装甲だけが自慢の重量級。
ナースホルンの目前まで近付くと、ヴィーダーは左腕を振り上げた。
「だらぁっ!」
そしてそのまま振り下ろす。左手の甲から吹き出した青白いプラズマが、ナースホルンの白い装甲を灼き斬る。真っ二つに切り裂かれ、アーク電流をほとばしらせながら、ナースホルンは動かなくなる。
プラズマ・トーチとか、レーザー・ブレードとか呼ばれる装備。本来は通路を開けたりする時につかう作業用なのだが、うまく接近できれば十分武器になる。
そのとき、館内放送が響き始めた。慌てた男の声で、
『第三区画で被験者が脱走、戦闘リグを奪って逃走中! 手のあいている警備員はそちらに回れ! 繰り返す……』
なるほど、予定通りだ。こっちの騒ぎに応じて、とらわれの要人自身が脱走を計るという手筈になっていた。しかしまあ、戦闘リグ――ホバータイプの戦車だが――を強奪とは、なかなかワイルドな要人である。
あとはこの要人とやらと合流しなければならないが……問題がひとつ。
「……第三区画ってなぁ、どっちだ?」
ツヴァイトがぽつりと呟くと、足元に転がっているナースホルンの残骸が、がたりと小さく音をたてた。慌ててヴィーダーが足元にライフルの銃口を向ける。だがナースホルンは、長い砲口をかたむけただけで、それっきりまた動かなくなった。
どうやら、回路がショートかなにかして、誤作動を起こしただけらしい。
ほっと息を吐き、ふと、ツヴァイトはかたむいた砲口の指す先を見やった。壁に刻まれたマークは、
←Area03
ツヴァイトは後ろ頭をぽりぽり掻いて、
「ありがとさん」
がががっと音を立てて、ゲートが開いていく。03、のマークがついたゲートだ。壁に書いてある案内の通りに来たし、たぶんこっちのほうで間違いないと思うのだが。
開いたゲートの中に、ヴィーダーがおそるおそる足を踏み入れる。中は明るくて広い、円形の部屋になっていた。他にも出口のゲートがいくつかあることを見ると、このエリアのターミナルかなにかだろうか。
それにしても、とんでもない基地の規模である。もうだいぶ奥まで進んできたというのに、まだこれだけの空間にでくわすとは。ACがなんの気兼ねもなく機動戦を繰り広げられるくらい広いといえば、どれほどのものかは想像できよう。
「大した秘密基地だぜ……どっから金が出てんだ?」
などと軽口を叩きながら、ツヴァイトはカメラをぐるぐる巡らせた。新型の双眼カメラアイは、レーザー三辺測量で数十kmの距離を誤差0.0001%の範囲内で測量することができる。まあ、せいぜい百メートル少々しかない部屋の中、そんな精密な測量は必要ないわけだが。基地内のマップを作っておけば、あとあと役に立つこともあるだろう。
ふと、ツヴァイトはその姿に気付いた。
「あ?」
広い部屋の真ん中に、一人の少女が佇んでいる。ACから見れば、まるで豆粒のようにちいさい少女だ。
頭部のカメラアイをそちらに向けて、映像を拡大する。やっぱり女の子らしい。ツヴァイトに背中を向けている。どこかの学校の制服のような、深い紺色のスカートと、真っ白なブラウスを着ていて……銀色のショート・ヘアを揺らしている。不思議と、自分自身が光を放っているかのように白く、明るく――そして柔らかそうな、抱きしめたくなるような――まるで、幽霊のように儚くて淡い――
何を馬鹿な。ツヴァイトは頭を振った。
ツヴァイトは外部スピーカのスイッチを入れた。
「おい、嬢ちゃん。そんなとこにいたらあぶねえぞ」
ひょっとして、ワナか何かか? にしては稚拙だが。ともあれツヴァイトは、いちおう警戒してあたりを見回しつつ、
「これから、こわぁいお兄ちゃんたちがドンパチやらかすんだから。どっか、危なくないところに――」
少女が、こちらを、振り向
ツヴァイトは息を飲んだ。
いま、確かに少女がこちらを向いたような気がした。ほっそりとした目鼻立ちが見えた気がした。だが、瞬き一つした今、もう少女の姿はどこにもない。ただ真っ白な床が一面に広がっているばかり。逃げたのか? ヴィーダーのカメラアイをぐるぐる回す。いや、いない。どこにも。
見間違いか? 何かの幻覚だろうか? それともただの気のせい?
狸か狐にばかされたような気分になって、ツヴァイトはしばらく、ぼうっと硬直していた。
しんと静まりかえる部屋。ただ、ヴィーダーの低い駆動音だけがエコーの中に無限後退して消えていく――
【テキ セッキン】
静寂を切り裂くコンピュータ・ヴォイス。ツヴァイトは反射的にペダルを踏み込み、操縦桿をひねり倒した。ヴィーダーの巨体がブースト・ダッシュで急速前進、上から降り注いだエネルギー弾の雨を回避する。
【キケン! キケン! キケン!】
――わかってらいっ!
そのまま足を踏み込み、ジャンプ。体を捻って宙返り、さっきまで自分が立っていた場所を正面に見据え、膝のサスペンションを効かせて着地する。
エネルギー弾を追うように、上から降ってきた白い影が一つ。
上――ちくしょう、とツヴァイトは歯がみする。この円形ターミナル、真上にもゲートがあったのだ。それにはさすがに気付かなかった。おかげで見事に不意打ちをくらってしまった。
しかも降ってきた白いのは、紛れもなくACだ。手足が妙に長く、コアがやたらに尖ってつきだしている、中量級か軽量級の二脚型。あのパーツ構成は、どこかの裏情報で見たことがある。クローム社の自社規格新型AC「ヴェノム」のエリート用カスタムバージョン、「ヴィクセン」ってやつだ。
装備もおそらく専用品。右手にはレーザーライフル――それにグレネードの砲門もくっついてる。左手には大型の盾。こいつもただの盾じゃない。盾の端からのぞく二つの発振器は、おそらくプラズマトーチ。
「いい玩具を持ってるなっ」
ツヴァイトはヴィーダーの体勢を立て直しながら、試しに通信を送ってみる。
『俺は面倒が嫌いなんだ』
返ってきたのは、涼しげな男の声だ。これがヴィクセンのパイロットらしい。
『平和的に降伏するなら、殺さないでおいてやる』
何を言い出すかと思ったら。ツヴァイトは操縦桿を握りしめ、ペダルの上に足を載せた。はん、と鼻で笑い飛ばす。
「あいにく不器用なもんでね」
操縦桿をねじ倒す。
「荒っぽいやり方しか知らねぇのさ!」
ヴィーダーが走る。
その、円形のターミナルの壁には、いくつものキャットウォークが張り巡らされ、人間用の通路として使われている。
その中の一つに、彼女は腰掛けていた。手すりの支柱のすきまから、両脚を出して、数十メートル支える物のない空中に、それをぶら下げている。支柱を握りしめ、まるで檻の中から――牢の中から外を見つめる、哀れな囚人のように、繰り広げられる戦闘を見つめている。
ヴィーダーが一気に距離をつめ、プラズマトーチの一撃を繰り出した。ヴィクセンは左の盾でこれを受け止め、すぐさま右手のレーザーライフルをヴィーダーのコアに突きつける。ヴィーダーが体を捻る。放たれたエネルギー弾は、ヴィーダーの肩の装甲板をかすめて過ぎる。
接近しての撃ち合いは、装甲の薄いぶんだけ不利と見たか、ヴィクセンが軽々と跳躍して後退する。それを狙って、ヴィーダーの肩に装備されたミサイルポッドが火を噴く。合計六発のマイクロミサイルが、白煙を吹きながら迫っていく。ヴィクセンは十分これを惹き付けてから、再びジャンプ。逆関節型なみのジャンプ速度を追い切れなかったミサイルが、地面にあたってはじけ飛ぶ。
彼女はじっと、二人の戦いを見つめていた。
真っ白な少女。
白いブラウスと、紺色のスカートを着た、細身の少女。その姿は淡く、儚く、風が吹けば飛んでしまいそうなほど。胸元にゆれる赤いリボンが、まるで唯一の命の証明のように、彼女の体に明るい色を添えている。
彼女はじっと、二人の戦いを見つめていた。
まるで何も見えていないかのような、冷たく曇った瞳で。
――ええいちょこまかとっ!
ツヴァイトは歯を食いしばりながら、操縦桿をひねり倒す。ヴィーダーの重たい体がブースターの推力に無理矢理押され、その場を飛び退く。間一髪、迫ってきた敵のエネルギー弾は肩の装甲をわずかにかすめるにとどまった。
さすがに新型だけのことはある。動きの軽さは軽量級の二脚なみ、脚部サスペンションでのジャンプは逆関節なみ、そしてレーザーライフルの威力はバズーカなみだ。パイロットの腕もいい。機体性能では、ヴィーダーなどおよびもつかない。
さあて、どうする? ツヴァイトは細く息を吸い、着地したヴィクセンの姿を見つめる。あのイカサマじみた新型を相手に、この貧乏ACでどう戦う?
『大口を叩いた割には』
敵のパイロットの声が聞こえる。ヴィクセンがブースターを小刻みに吹かしながら、空中から躍りかかってくる。
――これしかないかっ?
ちぇっとツヴァイトは舌打ち一つ。ペダルを蹴り飛ばし、ヴィクセンの姿を正面に捉える。とにかく一度あいつを捕まえることだ。一発叩き込みさえすれば。新型とはいえ軽量級、おそらく一撃でカタが付く。
撃ち込まれるレーザーライフルの弾丸。ヴィーダーはブースト噴射で機体を左右に切り返し、エネルギー弾の雨を回避する。しかし動きは最小限。かするどころか直撃だって少なくない。だがこれでいい。
死にさえしなければそれでいい。動きすぎて体勢を崩すことだけは避けねばならない。
『動きが止まって見える!』
――勝手に見えてろっ!
機動性で大きく負けているヴィーダーでは、とてもヴィクセンの猛追から距離を離しきれない。ほどなくヴィクセンの白い機影が間近に迫った。
ヴィクセンが、左腕のプラズマトーチを振りかぶり――
今!
ツヴァイトは、足元のペダルを蹴り飛ばした。
ヴィーダーは、避けない。
その場にじっと踏みとどまり、左腕を頭上に掲げ、振り下ろされたプラズマの剣を真っ向から受け止める!
『な……!』
驚愕の声をあげるヴィクセンパイロット。ヴィーダーの腕が軋んでいる。ほとばしるプラズマに、分厚い装甲が灼かれていく。だが。
『なぜ避けないッ!?』
セラミック−アルミ合金複合三重スペースド装甲の耐熱性能は、一瞬で灼き斬れるほど甘くはない!
「大立ち回りは」
ほくそ笑むツヴァイト。彼の指がトリガーを引き絞る。
「苦手なんでね!」
至近距離から放たれた、パルスライフルの一撃が、ヴィクセンの頭部を粉々に吹き飛ばした。
ARMORED CORE PROJECT PHANTASMA
MISSION#01 "Wieder zu kommen"
戦闘は、終わったようだった。
それをじっと見つめていた少女は、やがてすっくと立ちあがった。
氷のような冷たい瞳が見つめるのは、くずおれたACの姿か。或いは。
どこからともなく風が吹き抜けたかと思うと、もう彼女の姿はそこにはない。
密閉されたはずの空間に、ただゆるやかな風のみが取り残される。
やれやれだ。
ツヴァイトは涙目になりながら、破損箇所を確認する。左腕の装甲板は第三層まで見事に灼かれているし、システムエラーのレッドランプが二つ、被弾たくさん。
はあ―――っ……
盛大に溜息をつく。どんだけ修理費かかるんだ。泣くぞ。困るぞ。
しかしそれでも、あの厄介な白ウサギは片づいた。足元には、頭部パーツを砕かれ、機能停止に陥ったヴィクセンが倒れている。いくらなんでも、あれより手強い敵なんてそうそう出てくることはないだろう。
あとは、さっさとターゲットを見つけてかっさらって逃げないと。
ツヴァイトはゆっくり操縦桿を倒し、ヴィーダーを旋回させた。やまほどあるゲートのうち、どれに入ったものかとしばし思案。とりあえず一番近い奴にあたりをつけて、傷つき、機動性も落ちてきたヴィーダーを向かわせる。
と、そのとき。
【テキ サイキドウ】
淡泊なコンピュータ・ヴォイスがツヴァイトの耳に届く。慌ててツヴァイトは後部カメラに視線を送る。そこにはよろめきながらも立ち上がるヴィクセンの姿。
まさか、頭部コンピュータを壊されてなお動けるなんて思いもよらなかった。コアかどこかにサブコンプが搭載されているのか? しかも。
ヴィクセンのやたらに尖った細長いコアから、青白いアーク電流がほとばしる。まさか、あの尖った角みたいなのは――
コア内蔵のプラズマカノン!?
――やばいっ!
『貴様ごときがっ』
パイロットの声。
『このスティンガーにかなうわけがない!』
慌ててツヴァイトは操縦桿を捻り倒す。だが間に合わない。鈍重な重量級のヴィーダーは、旋回性能も加速性能も並以下。この距離で真後ろから撃たれるプラズマカノンのエネルギー砲弾を、避ける術はない。
ヴィクセンのコアに内蔵された砲口に、青いプラズマの光が灯り――
次の瞬間。
ヴィクセンのそばの壁が、いきなり爆発した。
「……あ?」
爆発のあおりを受けて、体勢を崩すヴィクセン。放たれたプラズマ砲弾はあらぬ方向に飛んでいく。そして。
『どどどどいてどいてぇーッ!」』
壁をぶちやぶって突っ込んできた一台の真っ赤な戦車――いや、戦闘リグが、そのままヴィクセンに体当たりをぶちかました。
「……ああ?」
『なんだとォッ!』
『きゃわー!』
呆然とするツヴァイトの目の前で、そのまま二機はくんずほぐれつ、どんがらがっしゃんと派手な音を立てながらぶっ飛び、反対側の壁に激突してようやく動かなくなった。
「……あああ?」
さっきからあしか言ってない。
ようやく旋回を終えたヴィーダーが、こんがらがったままブスブス黒い煙を立ち上らせている、二機の機影をカメラに捉える。今度こそ、ヴィクセンは指先一つも動きはしない。どうやら今の衝撃で、コアのコンピュータも完全にいかれてしまったようである。
それはまあ、いいのだが……
なんなんだ。いきなり突っ込んできたあの真っ赤な戦闘リグは。
――戦闘リグ?
どこかで聞いたような響きに、ふと、ツヴァイトの頭に嫌な予感がよぎる。
『いっ、た、たたたぁ……ああんもぉ、お尻ぶつけちゃったじゃないっ』
聞こえてくるのは、女の声。たぶん、あのリグのパイロット。
『そこのあなた! レイヴンね!? マッスル!』
マッスル? いきなり声をかけられて、ツヴァイトはまともに動揺する。頭の中から覚えていた単語を引っ張り出し、
「と、トラクター?」
『よかった、やっぱりあなたが例のレイヴンだったのね!』
要するに暗号である。要人が本人であるかどうかの。マッスルトレーサーというのはもちろんMTのことだが、それの、すこしアルファベットを打ち間違えたやつを、符合にしていたわけである。それを知っていながらも、女の子がいきなり筋肉なんて叫ぶから、気でも触れたのかと思ってしまったが。
しかし。と、いうことは。
『わたしが救出ターゲットです! とりあえずー、これ動かなくなっちゃったから、そっちのコックピットに乗せて!』
……やっぱり。
ツヴァイトはがっくりうなだれて、小さく小さくぽつりと呟いた。
「やっかいなことになりそうだぜ……」
『ん? なんか言いました?』
「いぃえぇ、なーんにもォ」
「そこかっ!」
ツヴァイトは身を乗り出して、操縦桿のトリガーを引く。放たれたパルスライフルのリング曳光弾が、角から顔をのぞかせた、最後のナースホルン・タイプをぶちぬいた。そしてぷにぷに。
「さわるな! ばか! すけべ! つまりセクハラは厳禁ということ!」
……思いもかけない方向から、反撃が飛んでくる。
思いもかけない方向というのは、自分の膝の上である。反撃というのは女の子のビンタである。
「ああんもぉ! 狭い!」
「ったりめーだ! ACは一人乗りだぞっ!」
さっきから、ツヴァイトの膝の上にちょこんと座って騒ぎ立てているのは、あのぶち壊れた戦闘リグから這いだしてきた女である。
ド派手なピンク色の髪をした若い女――まだ20代前半といったところか。たぶんここの職員から奪ったのであろう、だぶついた紺色の制服を着ている。たしかに、ちょっとばかりかわいい女の子ではある。それは認める。しかし。
「あなたちょっと降りなさい! もしくは縮みなさい!」
「無茶言うなよ!? うだうだ言ってると、ほっぽりだして装甲板にくくりつけるぞ!」
……やっかましいことこの上ない。
人のACに勝手に上がり込んで、人の膝の上に座っておいて、まだぶちぶち文句を言うなんてどういう神経をしているのやら。だいたいなんで膝の上に座るのだ。たしかに、お尻の感触がぷにぷにしていて気持ちいい。それは認める。
そこで、どさくさまぎれに、胸やふとももを触ってやるのである。狭いうえに密着しているから、操縦桿を操作しようとおもうと、どうしてもそうなるのである。これは不可抗力、しかたがない必要悪なのである!
ということにしておく!
さて、警備のナースホルンもあらかた片づけたし、目指すシャトルポートまではあと少しだ。この女の話によると、そこにはACを格納可能で、手動操作のきくシャトルが、何機かあるらしい。それを奪って逃げようというわけだ。
何から何まで奪って済ませる、サバイバル性に富んだ女の子である。
二人乗りのせいで多少ぎこちない動きになったヴィーダーは、なんとか最後のゲートにたどりついた。ドアロックなどものともしない。プラズマトーチでぶちやぶる。
ゲートの向こうは、目的のシャトルポートだった。崖をくり抜いてつくられた大きな窓の向こうに、白み始めた空の青が見える。カタパルトには一機だけ、確かにACを格納できる、大型のシャトルが残されている。
それを見るなり女は膝の上で飛び上がり、
「あったわ! 中へ、はやくっ」
「わぁかったから動くなっ! 動きにくいっ」
その時、ポートのなかにレッドランプが灯る。そこら中から、生身の警備員がわらわらと飛び出してくる。その手には、対AC/MT用の、トリモチ・ベークライト・グレネードが握られている。これはまずい。下手なACよりタチが悪い。
ツヴァイトは迷わず、足元めがけてパルスライフルの弾を放った。床に着弾した曳光弾が弾けて、一際まぶしい光を放つ。パルス曳光弾の放つ強烈な光は、生身の人間相手なら、スタングレネードとして使用可能なほどの明るさなのである。
狙い通り、警備員たちはそろいもそろってのたうち回っている。
「いまのうちっ」
再び身を乗り出して、ツヴァイトはペダルを踏み込んだ。ブーストダッシュでシャトルに近付き、一気にその後部ハッチの中に滑り込む。身を乗り出した時にまたおっぱいやら人には言えないような場所やらを触ってしまったと見えて、女がきゃーきゃー悲鳴を挙げているが、今は気にしている暇はない!
急いでヴィーダーを膝立ちにする。そのままツヴァイトの指先がコンソールを走り、コックピットハッチの開放をコマンドした。コアを包んでいた装甲板が開いて、狭いコックピットに生ぬるい風を送り込んでくる。
「出るんだ、急げ!」
女はこくりと頷き、ワイヤーを伝って外に飛び出す。つづいて降りようとしたツヴァイトを押しとどめ、
「操縦はわたしにまかせて。あなたはここから援護射撃をお願い」
なるほど、合理的だ。
ツヴァイトは女に頷き返すと、女が降りるのを待ってからヴィーダーを再起動した。パルスライフルを両手に構え、開いたままのハッチの外に狙いを定める。やがてシャトルのエンジンが唸り声をあげはじめ、小さな振動がヴィーダーごとツヴァイトの体を揺らした。
ヴィーダーは、手近な拘束具に機体を絡め、Gに備える。
瞬間、シャトルは大空へ飛び立った。
「くそっ、逃げられた! 追撃だ、シミターを出せ!」
ヴィーダーのめくらましを喰らった警備員の一人が、まだチカチカする目を擦りながら、半狂乱で命令を飛ばす。しかし間に合わないか。あのシャトルに追いつくにはWIG巡行ユニットを装備させなければならないが、装備を換装している暇は――
と、そのとき。
ヴィーダーがぶちやぶったゲートをくぐり、一機のACが姿をあらわした。
真っ白なボディ。細長い腕。尖ったコア。頭部パーツは完全に破壊され、装甲板が何枚も剥がされて無惨な姿を晒すAC。
「ヴィクセン……! スティンガーか!」
「殺してやる……」
スティンガーは、いつ機能停止してもおかしくないヴィクセンを巧みに操り、空の彼方に見えるシャトルに、狙いを定めた。頭部のメインカメラがないせいで、シャトルの姿はおぼろげにしか見えない。しかし。
乗っているのだ。あのシャトルに。俺をコケにしたあのレイヴンが。
ヴィクセンのコア内蔵プラズマカノンが、青白いアーク電流を放ち始める。このカノン砲なら、ここからでも十分、シャトルは射程圏内だ。
拡大されたシャトルの映像に、FCSのロックオンマーカーが収束し――
「殺してやるぞっ!」
スティンガーは、引き金を引いた。
あの白いやつは!
加速が落ち着いたのを感じると、ツヴァイトは開いたハッチから、秘密基地のカタパルトを睨み付けた。いまこそヴィーダーの優秀な測量機能が役に立つ。鮮明なカタパルトの映像には、半壊した真っ白なACの姿が映されている。
間違いない。あの独特なフォルムは、ヴィクセンである。
あれだけ傷ついてまだ動けるとは。クローム製品の頑丈さには恐れ入る。
「まずいな……あのカノンなら」
ツヴァイトの脳裏を、嫌な予感が駆けめぐる。両脚でしっかり踏みとどまり、こちらを正面に捉えるヴィクセン。その鋭く尖ったコアから、青いアーク電流がほとばしる。
やはり!
あんなものを喰らったら、このシャトルではひとたまりもない! かといって、あの女に知らせて回避運動を取らせるには時間が足りなさすぎる。
どうする?
額に滲む冷や汗。ツヴァイトはシャトルの中を見回した。なにか使える物は……
ふと目に入る、開かれたままのハッチ。
「これだっ!」
ツヴァイトは思うがはやいか、ハッチに歩み寄った。ヴィーダーが左手を振り上げ、ハッチの蓋にあたる部分を、プラズマトーチで切り裂いていく。鎖線を書くように、点々と切れ込みを入れて……
モニターに灯るレッド・アラート。
ツヴァイトは反射的に、遥か遠くのヴィクセンに目をやる。放たれた青い光。プラズマ砲弾。必殺の破壊力を持ったそれが、みるみるシャトルに迫ってくる。ツヴァイトは大きく息を吸い込んだ。
「派手にいくぞぉっ!」
タイミングを見計らい、ヴィーダーが一気にプラズマトーチを振るう。
シャトルから切り離されたハッチの外壁。ヴィクセンの放ったプラズマ砲弾が、浮遊するそれに着弾し、はじけ飛ぶ。
爆発の青い光がほとばしり、それが収まった後には、粉々に砕け散ったハッチの残骸と、僅かな傷だけで助かったシャトルが残されていた。
秘密基地のカタパルトはもう、ヴィーダーでも探知できないほど離れた所にある。これ以上の追撃はしてこないだろう。
ツヴァイトは溜息を吐くと、疲れた体をシートに投げ出した。
あのヴィクセンのパイロット。スティンガーとか言ったか。
執念深いわ射撃は正確だわ。とことん敵に回したくないタイプの男である。
「やっかいなことになりそうなわっ!?」
その時。
いきなりシャトルががくんと揺れた。
自分の足で走るのも、一体何時間ぶりだろうか。凝った肩をごきごき鳴らしながら、ツヴァイトはシャトルのコックピットに駆け込んだ。
キャノピーの向こうには、目の覚めるような青空。そして眼下に広がる一面の荒野。殺風景だが、きょうび地上はどこもこんな具合である。それはまあ、いいのだが。
なんだ。あのいかにもがんばってますよってな具合で操縦桿を握っている、冷や汗だらだらのピンク髪は。
「おいおい、なんか変な揺れかたしてんぞ。ほんとに操縦できんのかよ?」
ツヴァイトは、冗談のつもりで言ったのである。
それなのに。
女は、ぎぎぎーと音をたてながら、ぎこちなく首をこっちへめぐらせた。
「た」
た?
「たぶん……」
ぴきっ。
世界が凍り付いたような気がした。
「まてええええっ! たぶんってなんだたぶんって! 操縦やったことあるんだろ!?」
「バカにしないで! あるわよ!」
「免許はっ!?」
「いやその、おっかしーなーフライトシミュは得意だったんだけどー」
「ゲームかよ!!」
ふと目に入るキャノピーの外。なんだか地面の傾きがおかしい。慌てて計器を確認すれば、高度計の数値が絶賛急降下中!
「おいおいおいおい高度が落ちてる高度がっ」
「それはよかったわっ! 天国から遠ざかってるってことですね!」
「うまいこと言ってるばあいかあああああッ!」
「あら? なんだか風景が回転してますことよ?」
「こっちが錐もみ回転してんだっていうかおまえ現実から逃げてるだろ!?」
「ああー母なるだーいーちーがそこーにー」
「歌ってんじゃねえよわあああああ落ちるううううううっ!」
「だいじょうぶよッ!」
あわてふためくツヴァイトの肩に手をのせて、女はあわてずさわがず自信たっぷりにこう言った。
「この高度からなら、苦しまずに逝ける!!」
「逝くな―――――ッ!!」
そして。
一面の荒野に、ちっちゃな砂埃が舞い上がった。
シャトルは、なんとか砂漠に胴体着陸。
ハッチから投げ出され、逆さまになって砂の中に埋もれているヴィーダーの上を、砂漠のとかげがぺたぺた這っていく。
惨状である。
ツヴァイトは、斜めに傾いたコックピットの床に、ボロ雑巾かなにかのようにひっくり返っていた。もーやだ。帰ってエーアストをどつく気力もない。こんな仕事もーやめたい。そんなことを考えながら。
くちゃくちゃに乱れたピンク髪を揺らしながら、女がぴょこんと顔をのぞかせた。シートの背もたれによりかかり、床に転がるツヴァイトを見下ろす。
「なんとか、無事に助かったわね」
「……どのへんが無事なんだ」
「細かいことはいわないっ」
そして女はにっこり微笑む。
「わたしは、スミカ。スミカ・ユーティライネン。アンバークラウンのレイヴンよ。あなたは?」
「……ツヴァイト」
「そう。よろしくね、ツヴァイト」
スミカがすっと手を伸ばす。
「助けてくれて、ありがと」
その笑顔は、まるであの眩しい太陽のよう。
渋々、ツヴァイトはその手を握り返す。
――やっかいなことになりそうだぜ。
ツヴァイトは人知れず、そっと溜息を吐いたのだった。
少女は、全てを見ている。
どこか遠い場所から、ここと重なりながらここではないどこかから、じっと世界を見つめている。
男達の世界を見つめている。
あざ笑っているわけではない。哀れんでいるのではない。喜んでいるのでもない。
ただ、じっと、冷たく、淡く。
少女は、全てを見ている。
まるで儚い亡霊のように。
to be continued.