「揃ったようだな」
 ビリーが室内を見回し、満足げにそう言った。
 ここはポイント000内の作戦会議室である。
 総帥ビリーを始め、AC部隊長ガルド、作戦参謀グリュック、ACチームのトラウマ、エナ、レイス、ヘレン、それにブリッジクルーのミリアやシェリー。
 翔一の姿もあった。
 だが、希望と刃の姿はない。
 モニターに地図が表示されたのと同時に、ビリーが口を開いた。
 「先程、ハーネスト社から連絡が入った。ハーネスト社の研究施設の一つがこの近くに存在している。だが、その近隣のアルマゲイツの施設で、不穏な動きが見られるようだ。恐らく、ハーネスト社の研究施設に攻撃をかけるつもりだ。どうやら僕達に、それを防いでもらいたいらしい」
 「全く、面倒な話だが…」
 グリュックがその後を引き継いだ。
 「アルマゲイツへの抵抗活動の為という名目で、ハーネストから資金援助を受けている身だからな。断るわけにも行かん。そこで、我々はアルマゲイツの施設を先手を取って攻撃し、その機能を奪う。ハーネスト社の報告では、その施設は純粋な軍事施設であり、我々の益になるようなものは何もないとの事だ。よって、施設は完全に破壊する」
 「AC6機で、スか?」
 レイスがおどけた調子で尋ねる。
 「施設の破壊はメギドアークの対地大型ミサイルで行う。だが、施設は内陸に存在している。目標の正確な位置が分からない以上、ミサイル攻撃は不可能だ」
 「そこで…あたしの出番ってわけかい」
 ヘレンがやれやれ、と肩をすくめる。
 ヘレンのAC、アイオロスはFCSをメギドアークのFCSにリンクさせる事ができる。その為、アイオロスがロックした敵をメギドアークが攻撃する事が可能なのだ。だが、アイオロスは偵察向けのACの為、戦闘能力は高くない。
 「その通りだ。頼むぞ、ヘレン」
 ビリーが笑いながら言う。先程、「また厄介な仕事を押し付けるんだろ」と言われたばかりだったからだ。日付の変わらないうちに、本当に仕事を押し付ける事になるとは、ビリーも思っていなかったが。
 「はいはい、わかってるって」
 やる気のない態度のヘレンだが、これが彼女のスタイルだ。やる気が無さそうでも、仕事はこなす。それがヘレン・ジャクソンという女性だ。
 「そして、俺達はヘレンのアイオロスを護衛する。いいな?」
 ガルドが言った。
 「はい、了解です…」
 「了解っス!」
 「了解です!」
 トラウマ、レイス、エナも三者三様に答えた。
 「では、帰ってきたばかりで済まないが、すぐに出撃の準備をしてくれ。時間的余裕はあまりない」
 「俺は…何をすればいいんだ?」
 そう言って作戦会議を終えようとしたビリーを遮ったのは翔一だった。
 「君は、万が一のためにメギドアークに残ってくれ」
 それは、翔一の腕を考慮しての事だった。現に、先程行われたシュミレーションでは新型のラー・ミリオンでトラウマの哭死に破れたという。実戦経験を考慮すれば、破れるのは仕方がないとしても、後半は一方的だったらしい。
 そんな腕で、実戦に出すことなど出来ない。今度の作戦は、敵地深くに潜入しなければならないのだ。翔一の技量では危険だった。
 「でも!」
 「君はメギドアークにいなければいけないんだ」
 納得のいかない翔一に、ビリーは言い聞かせるように口を開いた。
 「ミサイルを撃つ間は、メギドアークは海面に浮上しなくてはならない。その間に敵の攻撃を受けないとも限らないし、その時にはラー・ミリオンの対潜能力が必要だ」
 「……そういう…ことなら」
 翔一は渋々だが、納得したようだ。
 「じゃあ、君も出撃の準備をするんだ。時間が無い」
 既に、ほとんどのメンバーは作戦会議室から姿を消していた。残っているのは二人だけだ。
 「ああ」
 翔一はろくに挨拶もせずに、部屋を出て行った。
 その後姿を見送りながら、ビリーは翔一の行動を疑問に思っていた。
 まるで、戦いたがっているようである。
 何故だ?
 何故、自ら戦いに赴こうとする…



 第7話「我が腕(かいな)、血に染まって」



 
 「機体の色?」
 リットに聞かれて、希望は答えに詰まった。
 今はメギドアークが出港して、数十分後のガレージである。今この場に残っているACは、ルミナス・レイとインフィバスターだけだった。
 あれからリットがガレージに来てくれ、というから刃と二人でこうしてやってきたのだが…
 リットが聞いてきたのは、インフィバスターのカラーリングのことだった。
 未だに未塗装の銀色のままでは格好悪いだろうということで、リットが着色してくれるらしい。
 だが、何色がいいか、と聞かれて希望は困った。
 元々ACに興味なんて無い。色なんて、どうでもいいのだった。
 「さすがに、未塗装はあれだろ?なんか好きな色とかある?」
 メカニックの帽子を指で回しながら尋ねるリット。
 「好きな色?」
 と、いわれても。
 ACの色というのがどういう物なのかも知らない。
 最初に見たACは金色と純白だったが…
 「特にこだわりが無いなら、作戦区域にあわせて迷彩色にすればいい」
 傍らにいた刃が希望が悩んでいるのを見て、アドバイスしてくれた。なんとも刃らしい意見であるが。
 「迷彩色……」
 迷彩色というのがどんなものか、ACを知らない希望でも大体は分かる。
 目の前に佇む重量ACが、迷彩色に塗装される様を想像してみる。そして、それに乗っている自分…
あまり想像できなかった。いや、想像しなくていいだろう。そんな事になったら本気で泥沼だ。
 「希望、どうした?」
 額に汗を浮かべている希望を見て、刃が理解不能だという表情で声をかける。
 「あのなー…女の子に、自分のACを迷彩色に塗れなんて言うやつがどこにいるんだよ」
 リットは呆れ気味である。
 「馬鹿な。一番効果的な塗装だろう」
 「そもそも、出撃ごとに塗装し直しなんてめんどくさいことやってられるかって」
 「しかし…」
 その時だった。ガレージの中に、警報が鳴り響いたのは。
 「え、何これ!?」
 突然のことに驚く希望。
 「取り合えず、発令室に行ってみよう」
 そう言って、刃はもう走り出している。
 「リット。念の為に、ACをいつでも動かせるようにしておいてくれ」
 「ああ、わかったよ」
 「希望、急げ」
 「う、うん」
 希望も慌てて刃の後を追って走り出す。走るのには結構、自信があった。
 「意外と足が速いな」
 横を走る刃がそう認めるほどである。
 「まあね。常日頃から鍛えられる機会が多かったもので」
 その言葉に、刃が疑問符を浮かべる。どうせ、また変な誤解をしているのだろう。
 「ふむ……君も苦労していたようだな…」
 刃が同情するような眼差しで言った。もっとも、どんな苦労を想像しているのかは知らないが。
 「でも、何が起きたのかしら?」
 走りながら喋るのも慣れている希望である。全力疾走しながらも、普通に刃と会話することができた。
 「分からん。警報を出したのは誰か知らないが…行ってみれば分かるだろう」
 案外呑気な刃である。いや、こういう場合、あれこれ想像しても無意味だと思っているのかもしれない。
 二人が発令室に到着した時、そこにいたのはメカニックのディックだった。
 「ディック。どうした?」
 刃が尋ねる。だがそれには及ばず、ディックは二人が来るなり大慌てで告げてきた。
 「今、通信を傍受したんだけど…こっからすぐ近くの海上都市エスタフィールドが海賊に襲撃を受けたらしいんだ」
 海賊。
 ノアの日以来現れるようになった、海を行動範囲とする集団である。大規模なものや小規模なもの、誇り高き海賊や強盗と変わらないものなど様々な連中がいたが、海上都市を襲撃するようなものは後者の海賊に他ならなかった。
 「結構数が多いらしくて、エスタフィールドの警備部隊は押されてるみたいだ」
 「しかし、何故警報を鳴らした?」
 ディックの意図するところが分からない刃。だが、希望は違った。
 「それって…助けに行かなきゃ駄目じゃない!」
 希望は、ディックがそういうつもりで警報を鳴らしたのだと分かった。
 「だが、戦力が無いぞ。メギドアークと大半のACは出撃している」
 「あ、そっか…潜水艦が無いと出れないんだった…」
 この基地が海中にあることを思い出し、途方に暮れる希望。根っからの正義感の強さか、罪も無い人が苦しめられているのが許せないのだ。やはり委員長は委員長である。
 「潜水艦は小型のがあるにはあるけど…」
 ディックの言葉に、希望がばっと顔を上げた。光明が見えた、という表情だ。
 「じゃあ、すぐに行かなきゃ!」
 「俺は賛成できない」
 刃が口を挟んだ。言葉こそ無感情だが、何を馬鹿なことを、という表情をしている。
 「ACは2機しかない。しかも君はまだ素人同然だ。警備部隊が押されているということは、敵はかなりの大軍か、手練れがいるかのどちらかということになる。その両方かも知れん」
 その言葉で希望も刃が何を言いたいのかは分かった。助けに行くのは無茶だといっているのだ。
 「でも、刃君も強いんでしょ!?このままエスタフィールドの人たちを見捨てるの!?」
 「俺の任務は君の護衛だ。君を危険な目にあわすことはできない。俺一人で行って勝てるとも思わない」
 「分かったわよ!」
 刃に行く気が無いと分かった希望は、そのまま走り去っていった。ガレージの方向だ。
 「希望、早まるな!」
 刃も慌てて追いかける。取り残されたディックは、一瞬考えた後、慌てて追いかけた。




 ディックの言った小型潜水艦は、メギドアークと比べると本当にお粗末なものだった。何しろ、ACを10機以上搭載できるメギドアークと違い、ACを3機しか搭載できないのだ。
 時間が無かったため、さっそく出港となる。潜水艦を操縦しているのは、言い出しっぺのディックだ。
 搭載されているのはインフィバスターとルミナス・レイ。インフィバスターは未塗装のままである。
 「結局、来てくれるの?」
 「俺の任務は君の護衛だからな」
 「……」
 希望は言葉には出さなかったが刃に感謝した。自分のわがままに、付き合ってくれているのだ。
 ふと考える。
 翔一だったら、来てくれただろうか?
 「そろそろ着くはずだ。出撃準備を」
 「わかったわ」
 「君はあくまで後方支援をしていればいい。危なくなったらすぐに離脱しろ。ディック、頼む」
 「ああ、わかってるって」
 ディックにも自分が余計な発言をしたせいでこうなってしまったという自責の念があるのか、珍しく真剣な表情をしている。
 やがて、潜水艦は密かに浮上した。エスタフィールドに艦をつける。もちろん、海賊達の船が泊まっている反対側の方角に、だ。
 ルミナス・レイとインフィバスターが静かに出撃した。
 「警備部隊はもうほとんど残っていないようだな…」
 レーダーと周囲の状況をざっと見て、刃が何の感慨も無くそう言った。
 「そんな…街の人たちは?」
 「わからん」
 敵の戦力は分からないが、ACも配備されているはずの警備部隊が敵わないとなると、敵はかなり戦力があるということである。少なくとも、2機のACで戦える敵ではないだろう。
 「俺が前進する。距離を1000空けてついてこい」
 「わかったわ。やってみる」
 そうは言ったものの。
 距離を1000空けて……
 距離などどこで分かるのだろう?
 たちまち困ってしまう希望。実はモニターにちゃんと表示されているのだが、何しろACには興味も無ければ乗ったこともほとんど無い希望である。
 しかもモニターには様々な情報の数値が表示されている。それを見てルミナス・レイをの距離を見ろと言われても、希望にできるわけが無かった。
 「どうした、希望?それでは近すぎる」
 「えっと……距離って、どこに出てるの?」
 仕方ないので刃に尋ねる。
 「いいか、モニターには相手との距離、現在の高度、機体耐久度、機体熱量、武器残弾数、推定敵戦力、エネルギーゲージ、レーダーなどが表示されている。ルミナス・レイの近くに表示されている数値がルミナス・レイとの距離だ」
 刃に言われた通り、ルミナス・レイの近くの数字を見てみる。
 203。
 「あ、なるほど…」
 その時、レーダーに赤い光点が幾つか現れた。中心が自機だから、自分に近付いてきているということである。そして、赤い光点は……敵。
 「希望、敵だ!」
 その言葉と同時にルミナス・レイが動いた。
 現れたのは2機のAC。1機はダイス。だが、腕は通常規格のマシンガンではなく、スナイパーライフルになっている。
 もう1機は量産型ではない。武器腕……両腕バズーカに小型ミサイル、レーダーを装備した4脚機体だった。
 「何だこいつら!まあいい、やっちまえ!」
 4脚のパイロットが叫ぶ。だが。
 次の瞬間、彼の視界からルミナス・レイが消えた。
 「何……」
 すぐにレーダーで確認する。光点は自機と重なっている……上だ!
 反射的に、機体を後退させる。彼が今までいたところに、銃弾の雨が降り注いだ。
 即座に上空の純白の機体をサイトに捉え、ロックオン。砲身と化している両腕のバズーカから破壊力の高い砲弾が放たれる…かと思ったが、それより速くルミナス・レイはサイトの外に消えていた。
 「なんて動きだ……ACにあんな動きができるのか!?」
 男は驚愕した。いくらなんでも、速すぎる。腕もよさそうだが、それだけではない。あのACは新型に違いない。
 男は舌なめずりした。
 新型なら、捕獲して俺が奪ってやる。
 次の瞬間、前方の重量機体からガトリングの攻撃が来る。狙いも甘い一撃だったため、何の苦もなく回避することができたが…男は見逃さなかった。
 インフィバスターが構えなしでガトリングを撃つのを。
 「あいつ…プラスなのか!?」
 だが、それにしては操作技術がお粗末すぎる。機体は白い奴同様、新型のようだったが。
 「なら、あっちからだ!」
 男は即座に行動に移した。
 重量2脚の方をロックオンする。ろくに動こうともしないため、それは簡単な事だった。
 バズーカは今度こそ、目標に向けて火を吹いた!
 「危ない、希望!」
 思った通りだ。
 白い方が、慌てて重量2脚の壁になった。
 男は勝利を確信する。
 「よし、重量2脚を狙え!」
 男は僚機に命令した。
 だが、それに対して返答すべき声は、いつまで経っても返ってこない。
 まさかと思い、男は再びレーダーに目をやる。
 ダイスの光点は、消えていた。
 「何時の間に…!まあ、いい!」
 男は寮機の死など気にも留めず、インフィバスターに攻撃を開始した。
 「希望、回避しろ!動き回れ!」
 「そ、そんな事言ったって!それより、刃君の方が!」
 ルミナス・レイはそれ程装甲は高くない。元々機動力で敵を翻弄し、攻撃を回避するタイプだからだ。
 インフィバスターは何とか敵の攻撃を回避しようと動くが、重量2脚で動きが鈍い上に、希望は素人同然である。ほとんどの攻撃をルミナス・レイが受ける結果になっていた。
 ルミナス・レイの損傷はかなり大きくなっている。
 「刃君、私の方は大丈夫だから敵を倒して!」
 「そうはいかん!」
 「いいから!このままじゃ、刃君がやられちゃうでしょ!」
 希望は必死だった。
 自分を守るために誰かが死ぬなど、冗談ではない。
 「では……少しの間耐えてくれ!」
 刃もこのままでは結局両方やられてしまうと判断し、決意したようだ。いや、刃は最初からこのままではジリ貧だと分かっていただろう。希望がパニックにならないように、待っていたのだ。
 言うが早いか、ルミナス・レイは動いた。突然のことに、4脚のパイロットも驚き、一瞬反応が遅れる。そしてその一瞬が、彼の命運を分けた。
 その一瞬でルミナス・レイは4脚の背後に回り、ブレードでコアを貫いた。
 爆発が起こり、4脚が動きを止める。
 「大丈夫か、希望?」
 刃が即座に聞く。だが、どう見ても機体の損害はルミナス・レイの方が深刻だった。
 「こっちは大丈夫…でも、刃君が…」
 「問題ない」
 「問題なくなんか……ないわよ……」
 先刻シュミレータールームで刃に言った言葉。だが、全く違う意味の言葉。
 「では、急ぐぞ。こいつらの反応が消えれば、敵の本隊もこちらにやって来る」
 刃が言うより早く、レーダーに次々と敵の反応が現れた。
 数はおよそ12。移動速度や熱量からして、全部ACだろう。
 刃は焦った。ルミナス・レイが万全だとしても1機ではとても戦えない数だ。量産型がほとんどだろうが、先程の4脚ほどのレベルのものはいるだろう。しかも、こちらには希望もいる。
 刃の判断は素早かった。
 「希望、撤退するぞ」
 希望もさすがに、ぼろぼろのルミナス・レイを目前にしてまだ戦うとは言えなかった。自分の無力さを悔やみながら、希望がインフィバスターを反転させようとした、その時。
 とんでもない光景が視界に入った。いや、入ってしまった、というべきか。
 ACの1機が、子供を追い掛け回していた。
 次の瞬間、希望はインフィバスターをそのACに突撃させていた。



 
 「希望、待て!」
 刃が慌てて止めるが、希望の耳にはその声は届いていなかった。
 そのACは子供に追いつかないように、あえてかなりの低速で動いていた。しかも、目の前で逃げ惑う子供しか見ていなかったため、インフィバスターの接近に気付くことはなかった。
 希望はほとんど本能的に、ブレードを使った。インフィバスターのブレードは二又の強力なものである。とっさに使ったとは言え、その一撃はそのACを破壊するのに充分すぎるものだった。
 爆発。
 そのACは上半身と下半身を分かたれ、爆発炎上した。
 周りのACの注意が一斉にインフィバスターに集中する。
 刃は心の中で絶望した。
 最悪だ。こうなっては、簡単に撤退できそうにない。
 せめて敵の注意を自分に引きつけなくては……
 ルミナス・レイが動いた。
 手近な1機に襲い掛かる。インフィバスターに注意を引かれていたそのACは、ルミナス・レイのブレードにコアを貫かれ、動きを止める。
 その周りにいた数機が、ルミナス・レイに向き直った。だが、半分以上はなおもインフィバスターを狙っている。
 希望は足元を見た。インフィバスターの足元。救いを得た、というようにインフィバスターの足元にいる。
 「そこにいちゃ駄目!逃げて!」
 外部音声でその子供に言う。素人の希望でも、足元にいるのは危険だと分かったからだ。
 だがその行動が、ますます事態を悪化させてしまった。
 インフィバスターに乗っているのがまだ若い少女だと分かった海賊達は、ますますインフィバスターに注意を向け出したのである。
 しかも子供は最早限界だったのか、逃げることができない。
 ……やるしかない。
 希望が覚悟を決めた次の瞬間、それを待っていたかのように敵ACが殺到した!
 こちらの使う武器は…オービット。
 射出された小型兵器が、希望の意のままに敵ACに襲い掛かる。
 ビットから放たれたレーザーが敵ACの背後から襲い掛かる。
 「な、何!?」
 どこから攻撃されたのかも分からぬまま、そのACは全身を撃ち抜かれ爆散した。通常のオービットではもちろんありえない動きである。
 通常のオービットはただ敵を囲んでレーザーを放つだけである。だが、インフィニティアやインフィバスターに搭載されているオービットは搭乗者である巫女の意志のまま、自由自在に動くのだ。インフィニティア系列のジェネレーターがもたらす大容量、高出力と、巫女の特殊な力があって初めて使用できる兵器なのである。
 味方が訳も分からないままやられたことは、ますますインフィバスターに注意を向ける結果になった。こいつが、何かしたのだ。
 「そいつを引きずり出せ!」
 この中のリーダー格らしい男が叫ぶ。希望をACから引きずり出して、どうするのかは最早言うまでもなかった。
 後ろからインフィバスターに迫ったダイスが、インフィバスターを抑えつけようとする。だが、インフィバスターはダイスごとき量産型ACで止められる代物ではない。たちまち振りほどかれ、そのダイスもオービットの餌食となった。
 希望は最早完全に平静を失っていた。もう無我夢中である。
 インフィバスターの攻撃を引き付けるべく、正面からタンク型のACが向かっていく。ご丁寧に、シールドまで展開している。だがシールドというのは、あくまで前面からの攻撃にだけ意味があるものだ。オールレンジ攻撃が可能なビットに対しては、シールドは何の役にも立たなかった。
 やはり背後からビットに攻撃を受け、そのタンクACは全身から火花を上げた。だが、さすがに重装甲が長所のタンク型、まだ持ちこたえている。
 その間に、背後から重量2脚ACがインフィバスターに迫る。だが、インフィバスターはこの場所を動くわけには行かない。今動いたら子供が巻き込まれてしまう!
 肩のガトリングとビットに攻撃され、とうとうタンクACも根を上げた。全身の間接部分から炎を上げ、ゆっくりと崩れ落ちて行く。
 だがその時には既に背後から重量2脚ACがインフィバスターに掴み掛かっていた。今度はさすがに先程の様には行かない。希望が不慣れな所為もあるが、なかなか抜け出せない。しかも、無理に動けば足元の子供がどうなるか分からない。
 純白の影がその重量2脚ACを背後からブレードで切りつけた。ルミナス・レイが足止めをしていたACを撃破してようやく駆け付けたのだ。
 背後からの突然の一撃に、その重量2脚ACはコアを抉られブースターから炎を上げる。
 そしてとどめの一撃。コアにブレードを突き立てる。
 これで残るは6体。
 だが……
 「そこまでだ、小娘」
 1機のACが現れた。
 毒々しいカラーリングの、重量逆間接機体である。そのACが現れた途端、他のACが動きを止めた。どうやら、このACのパイロットがこの海賊たちの首領のようだ。
 「俺が着たからには、貴様らに勝ち目は万に一つも残されてはおらん」
 声からすると、大体40代近い男のようだ。声だけでも充分な迫力を感じさせる。
 「そんなの、分からないわよ!」
 希望が全く物怖じした様子もなく、その男に怒鳴った。
 希望のACの足元には子供がいる。
 この子供を絶対に守らなければならない…
 希望はそう決意していた。
 「愚かな…確かに高性能の機体に乗ってはいるようだが…」
 首領とおぼしきその男が、ゆっくりと構えを取った。
 右腕にはショットガン、左腕にはレーザーブレード。
 そういえば。
 希望はふと思い出し、インフィバスターの右腕に装備されている、キャノンとライフルの融合したような大きな武器を構えた。
 リットが出撃前、言っていた。
 やばくなったらこの武器を使え、と。
 未だに使ったことがない武器だが、普通に戦ったのではこのACに勝てない気がしたからだ。頼みの綱であるルミナス・レイも、かなり損傷している。
 「これで……」
 勘を頼りに操作する。
 次の瞬間、機体が細かく振動した。右腕の武器が、展開していくのだ。その振動が機体全体に伝わっているのである。
 「……動いた!」
 勘でやったので、いきなり動いてくれるとは思っていなかった。これが、巫女の力というものなのだろうか?まあ、この際それはどうでもいいことであった。
 『オーバードライブライフル、EN充電中』
 機会音声がそう告げ、モニターにゲージが表示される。
 そのゲージが100%に近くなっていくにつれ、機体のENゲージはどんどん減っていく。通常よりも遥かに大容量高出力のインフィニティアR回路であるにも関わらず。
 右腕の武器……オーバードライブライフルは、ただでさえ大きかった銃身が展開してさらに大きくなっていた。そして、機体から充填されたエネルギーが収束されていくのが、肉眼でもはっきりと分かる。
 その様子を見ていた刃は、すぐにその武器の威力を推察し、インフィバスターの足元の少年に外部音声で警告した。
 「後ろに下がれ!」
 一方、海賊の首領もその様子を見て、危険を察知した。長年の戦闘によって培われた、戦士の勘といえるかもしれない。
 「まずい!全員、散開しろ!」
 だが、その警告は遅かった。
 既にEN充填率は100%に達していたのだ。
 希望は、引き金を引いた。
 そして次の瞬間、光の奔流が全てを埋め尽くした。



 所々で、破壊されたACが黒煙を上げている。
 いや、形が残っているだけ、まだましとすべきか。
 オーバードライブライフルの直撃を受けた首領を含む海賊のACは、どれも例外無く蒸発していた。
 インフィバスターの前方は、不自然に空間が開いている。頭部の無機質な視線の先には、何も無い。
 圧倒的なまでのエネルギーが、街を貫通し、ビルを消し去ってまっすぐな道を作っていた。
 その焼け爛れた道を、希望は茫然自失で歩いている。
 生き残った市民達が、それを遠巻きに眺めていた。
 彼らの視線には、恐れしかない。
 光。全てを飲み尽くした光。
 街ごと海賊どもを消し去った、恐るべき光。
 その光を放った少女。
 「希望」
 背後から、彼女に声をかける少年。刃だ。
 「ここにはもう用は無いだろう。撤退するぞ」
 だが、希望には刃の声は聞こえていないかのようだった。
 ただ、瓦礫を、ACの残骸を、黒い煙を……
 自分のやったことを見ているだけ。
 「……私……人を殺したのよ」
 かすれた声で、希望が刃に言ってくる。いや、それはただの呟きなのかもしれない。
 「私が、これをやったのよ…」
 「やらなければ皆死んでいた」
 刃は当たり前、という表情で言った。
 「そういう事じゃないわよ!」
 ついつい、声が大きくなる。もっとも、かすれたままだったが。
 「……私は、もう巫護君とも会えないわ」
 汚れてしまった気がするから。
 「とにかく…帰還しよう。ディックが待っている」
 そう言って、刃が希望の手を引いた。
 さすがに彼にも、希望が何を悩んでいるのかは、分かる。
 だが、彼には希望を恐れる理由も、避ける理由も無い。
 彼自体、今までにいくつもの命を奪ってきた。やらなければやられるからだ。
 彼には日常。でも彼女には、そうではなかった…
 二人はACに乗り込み、そのままディックの待っている潜水艦へと向かう。
 その時、二人の背後から声がかかった。
 「お姉ちゃん、ありがとう!」
 それは、先程の子供だった。
 「……人を殺してありがとうなんて、言われたくないわよ…」
 希望の声はそれでもかすれたままだった。
 「助けてくれて、ありがとう!」
 子供が再び背後から叫んだ。その一言にはっとする希望。
 助けてくれてありがとう。
 「………うん」
 希望は聞こえていないとは思っても、小さな声で答えた。
 




 後書き 第7話「我が腕、血に染まって」
 ちょっと重い話になってしまいました。まあ、一般人を主人公にする上で避けては通れない道だったわけですが。希望や翔一はレイヴンではないので、人の命を奪うのを当然の事として受け止められないわけですね。例え相手を殺さないと言う信念を持っているレイヴンでも、絶対にというのは無理だと思いますし。あのユーミルでさえ、お気楽な顔して何人殺してるかわかりませんし。オーフェンズのレイヴン達は皆、何らかの理由でその覚悟を背負っているのです。一般人の二人はその覚悟が無かった。覚悟が無いままああいうことになってしまったので、このような結果になったのでしょう。
 まとまってないかもしれない……
 そろそろギャグ話もやりたいと思う今日この頃。
 オーバードライブライフルなんかACの武器じゃないし……ま、いっか(ぉ