「ロックオン……ターゲット座標、送るよ!」
ヘレンのアイオロスが、アルマゲイツ基地の中枢座標をロック。アイオロスのFCSが、メギドアークにその情報を送信する。
それに応えて、メギドアークから対地ミサイルが放たれる。ミサイルといってもACに搭載されているものとは、破壊力も射程も桁が違う。機動兵器相手のものではなく、敵の施設を殲滅するためのものである。大陸間ミサイルというものを想像してもらえればいいだろう(もっとも、ノアの日で大陸らしい大陸は消えてしまったが)。
「よし、敵の防衛機構は潰した。この基地はもう死んだも同然、撤収するぞ!」
対空ミサイルの発射口を破壊したガルドが撤退の指示を出した。
こうして、アルマゲイツの前線基地は事実上わずか5機のACによって破壊されたのであった。
第8話「落ちない、汚れ」
「……なに?」
作戦を終了し、ポイント000に帰還したビリーは、刃から受けた報告に思わず顔を曇らせた。
「それは…本当か?」
意味の無い問いだ。刃がこういう事で嘘をつくわけが無い。
「肯定です。希望が有人のACを撃破しました。しかも10機以上です」
ビリーは天を仰いだ。
「仕方あるまい…巫女である以上いつかは乗り越えなければならないことだ」
仕方ない、といいつつもビリーの表情は苦々しい。
「この事はまだ巫護君の耳に入れない方がいい。少なくとも、彼女自身が話す気になるまではな」
「はっ」
刃はビリーには一目置いているのか、彼の言うことに逆らったことはない。
「それで…彼女はどうしている?」
恐らくは、部屋に閉じこもっているか…とにかく、かなりふさぎ込んでいることは間違いない。
「それが…」
「どうした?」
「……大掃除をしています」
「……………………大掃除……だと?」
たっぷり10秒近く沈黙してから、ビリーはやっと聞き返した。
「はいはい、そこも一回物どかして!」
そこは、子供達の公園だった。
ビリーはあれからすぐに公園に行ってみた。すると、確かに子供達が皆手に手に雑巾やモップを持っているではないか。その子供達の中央に、希望はいた。
「華僑君。これは一体?」
ビリーが声をかけて、初めて希望はビリーに気付いたようだった。
「あ、ビリーさん。大掃除です」
けろっと答える希望。訳が分からない。
「ここ、ちゃんと掃除してるんですか?子供達もいるんだから、定期的に掃除しないと駄目ですよ」
「ポイント000(ここ)は、そんなに汚かったかい?」
そんなはずはないのだが、と思いつつビリーは聞いてみた。
希望は、つかつかと壁の方に歩み寄り、溝をすっと指でなぞった。
「ほら、埃が」
君はどこかのドラマの姑か?と突っ込みたくなったが、止めておいた。
「それで大掃除を?」
「はい。それにさっき見たらロビーもシュミレータールームもかなり散らかってるようだったし。ちょっと改革が必要かも…」
「改革するようなことなのか?」
「もちろんです。こういうのはちゃんとやっておかないと。ビリーさんも総帥なら総帥らしく、先頭に立って基地の中の美化に勤めてください」
もし翔一がここにいたら、出た、委員長アタック!とか言っていたに違いない。
「ううむ…」
勿論、ビリーは掃除など生まれてこのかた一度たりともしたことはない。掃除をしている自分を想像してみる。失敗した。とても想像できない。だが、その後ろでモップを片手に陣頭指揮を執る希望の姿は容易に想像できた。
いや、自分だけではない。
グリュックが掃除?ヘレンが掃除?刃が掃除?そして……ガルドが掃除??
思わず吹き出しそうになるのを堪える。
「と、いうわけで!」
びしっ!と、希望が公園を指差す。ついつい、ビリーの視線もそっちに行く。
「子供達やユーミルさんを見習って、皆さんも掃除してください!皆で住んでるところなんですから!」
ユーミル?
ビリーが聞き返すまでもなく、青い髪の娘はすぐに見つかった。
モップを片手に先陣を切っているユーミルの姿が、そこにある。
「お掃除〜お掃除〜」
ちなみに、ビリーはユーミルが掃除をしているのを見たことはない。4年前に何回か彼女の部屋を見たことがあるが、あまり奇麗ではなかったのを覚えている。
「………」
だが、よくよくユーミルを見ていると、どうも言っていることとやっていることが矛盾しているような気がした。
何やら、ただモップで埃を撒き散らしているだけのような……
「華僑君。ユーミルには掃除をさせない方がいいと思うのだが…」
「ええ、私もそう思ったんですけど、休んでていいって言うと泣きそうな顔するので…」
頭を抱えるビリー。4年前の事件で幼児化しても、相変わらず無邪気で明るいのはいい。だが、前から子供っぽかったユーミルがますます子供っぽくなったのは、どうかと思う。
「それより!ちゃんと、掃除してください!」
そう言って希望はビリーに自分の持っていたモップを押し付けた。
自分が正しいと思ったら、物怖じせずに行動あるのみ。それが、華僑希望という少女だ。
「ああ…」
ビリーは頷くことしかできなかった。
ぱっと全体を見渡し、状況判断。一番人手が必要そうな場所を探す……一瞬で決断。
埃を撒き散らすユーミルの後ろにつき、埃を集める。一番労働量の高いポジションだ。
「ビリーもお掃除するの?一緒にお掃除だあ〜」
そう言って無邪気に笑うユーミルの笑顔を見ていると、ビリーも悪い気にはならなかった。
「たまには、こういうのも悪くないかもしれないな」
皆で掃除をしている子供達。いい傾向だ。
「よし、華僑君。君を、オーフェンズ臨時大掃除・総司令及び現場監督に任命する。通達を出しておくから、皆がちゃんとやっているか見てやってくれ」
たまには大掃除もいいだろう。こんな機会でもないと掃除など全くしないし、それにこのところ戦いばかりだった。ある意味、いい気晴らしにはなるかもしれない。
そう考えたビリーは、希望にそう言った。
「はい、がんばります!」
希望は背筋を伸ばして答えた。責任感の塊である希望らしい態度である。
「ああ、あと…」
刃を指差して、
「彼を粛清係に連れて行くといい。ガルドとかがさぼっていたら、遠慮なくビシバシやってくれ」
と、含みのある声でそう言った。彼なりの、ちょっとしたいたずら心だろうか?
一方、ガレージである。
「で………」
モップを持ったガルドが、ため息をつく。
「事情は分かったが……まさか俺が掃除をすることになるとはな…」
致命的なまでに似合っていないガルドのモップ姿。それを見たディックが、また余計な一言を吐く。
「こ……これは……駄目だ吹く……やめろ、やめてくれえ…」
ぴきっ、と。ガルドのこめかみがピクついた。
「ディック……てめえコロス」
ガルドがモップを構えて、ディックに突進した。
「だ、だめだ、笑い死ぬ〜!」
笑いながら逃げ回るディック。
「ちょ、ちょっと二人とも…真面目にやってくださいよ…」
トラウマがおどおどと言うが、二人の耳には届いていないようだ。届いていても結果は同じだろうが。
「やれやれ、大の大人が何やってるんだか」
「おっちゃんだもんな……」
アレックスとリットが呆れた様子で呟く。
エナやアレックス、リットといった10代勢は、あまり関わらないようにしているのか、離れたところで真面目に掃除をしていた。そしてそれは、正しい選択だった。
「何、サボってるんですか!」
突然の大声。ガルドとディックが硬直する。ぎぎぎ、とぎこちなくガレージの入り口に首を向けると、そこにいたのは言うまでもなく…希望だ。
希望は、ついさっきビリーによって「オーフェンズ臨時大掃除・総司令及び現場監督」という、偉いんだか何だか訳の分からない役職に任命されていた。
確かに、一番適任では、ある。それに希望の主張することも、あながち間違いとは言い切れない。
普段なら、大掃除などしている暇は無いのだ。こんな時でもないと、いつまで経っても掃除などしないだろう。
「みんな真面目にやってるのに、大の大人がそんなことでどうするんですか!」
「い、いや、しかしだな…」
ガルドが言い訳しようと口を開くが、言い訳などあるわけが無い。
「先生に言いつけますからね!」
先生って誰だよ…とガルドが突っ込む前に、希望の後ろに刃が現れた。しかも、よくよく見ると「粛清係」というバッジを付けているではないか。
「まさか、ビリーの奴…」
「隊長。上意です」
淡々と告げる刃。
その後、ガルドとディックがどうなったかを知るものは…大勢いたのだが、だれもその事について語ろうとはしなかった。
次に希望と刃が姿を見せたのは、シュミレータールームだった。
そこにはグリュック、レイス、ミリア、シェリーがいた。
「それにしても……片腕というのはやはり不便だな」
グリュックがぼやいた。確かに、隻腕の彼には結構難儀な事だろう。
ミリアとシェリーの姉妹は、二人で備品のチェックをしている。レイスはというと、当然だが…モップを持っているだけで、ミリアとシェリーにひっきりなしに話し掛けているばかり。そんな彼に、当然ながら委員長チェックが炸裂した。
「そこっ!」
びしいっ、と指を突き立てる希望の声がシュミレータールームに木霊する。
「あ、希望ちゃん、どうもッス」
「どうもッスじゃありません!真面目にやってくださいっ!」
「わ、分かったッス…」
お調子者のレイスもたじたじである。なぜなら、希望の後ろには「粛清係」というバッジをつけた(ちなみに、マジックでかかれている)刃がいるのだから。いや、もし刃がいなくても、今の希望の剣幕を前にしては大抵の者は竦み上がってしまうであろう。それほどまでに希望には迫力があった。
「ちょっとここ、人手が足りないわね…私達も手伝いましょう、刃君」
「了解だ、臨時総司令」
びしっと敬礼して答える刃。希望はちょっと困った顔をしながらも、特に気にしないことにしたらしい。
「じゃ、私はシュミレーターの汚れを落とすから。バケツとかって何処ですか、グリュックさん」
「さあ……用具室に行けばあったと思うが…」
作戦参謀として数多くの質問に答えてきたであろうグリュックだが、バケツの場所を聞かれたのは初めてだったであろう。
「じゃあ、刃君ここお願いね」
そう言って、シュミレータールームを後にする希望。
(そういえば……)
希望は先程から感じていた、違和感に思い当たった。
翔一が、いない。
「また、サボってるのね…ったく、しょうがないわね」
ハイスクールならともかく、この広いポイント000を探し回るわけにも行かない。放って置くしかないのだが……なんだか希望は、無償に腹が立った。
(なんでいないのよ……もう)
1日がかりの大掃除は、どうやら終わったようである。
きれいになったポイント000に満足しながら、希望は一人手を洗っていた。
結局、翔一はいなかった。
「……巫護君ったら……相変わらずなんだから…」
ぶつぶつ言いながら、ハンドソープで手の汚れを落とす…
「……!」
赤い。
「な、何これ!」
血。
慌てて目をこする。だが、彼女は気付かないままハンドソープがついたままの手で、目をこすってしまった。
目の痛みに顔をしかめる希望。すぐに水で目を洗う…
目の痛みがやっと消え、希望は濡れた手を拭こうとした。
だが、ふと見た自分の手は、やっぱり赤い。
「う、嘘!そんな…!」
再び手を洗う。だが、洗っても洗っても、赤い色が消える事は無かった。
「何で、何で…!」
涙ぐみながら、何度も何度も手を洗う希望。
もちろん、本当に血がこびり付いているわけではない。希望が見ているのはただの幻覚だ。
だが、当人にはそれはわからない。
希望は狂ったように、手を洗いつづけた。
「ん?」
大掃除も終わった。基地もすっかりきれいになった。だが、皆の苦労をねぎらおうとメンバーを公園に集めたのはいいのだが、希望の姿が見当たらない。
「刃、華僑君を見なかったか?」
ビリーは希望とずっと一緒にいたであろう、刃に尋ねた。
「総司令は手を洗っているはずです」
手を洗っている……
ビリーはその言葉に引っかかる物があったのか、顔を曇らせた。
「…刃、様子を見てきてくれないか?」
「了解しました」
急に掃除など始めたのは、やはり……
彼にも経験がある。初めて人を殺した時…彼の場合、それは自分の父親だったが…やはり、同じような事をした覚えがある。
自分はまだいい。どうせまっとうな生活は捨てた身だ。だが、彼女はそうではない。
ついこの間まで普通に笑い、普通に泣いて、普通に生活していたであろう彼女には、あまりにも重過ぎる結果だ。
「……やはり、彼女を戦わせるべきではないのか…」
「いや……いや……何で……落ちないのよ……」
希望はまだ、手を洗っていた。何度も何度も。
手は氷のように冷たくなっているが、希望はそんな事には気は回らなかった。
「おい……」
背後から彼女に声をかける者がいたが、どうやらその声は届いていないようである。
「おい、委員長……聞いてるのか?」
その人物……翔一は、希望の肩に手を置いた。やっと彼に気付いた希望が、弱々しく振り返る。
彼女は、泣いていた。
「委員長…?」
「巫護君……?血が、血が……落ちないの……ねえ、なんで…」
「お、おい…?血なんて、どこにも…」
翔一は、希望が人の乗ったACを撃破したという事を、まだ知らなかった。
希望の手を取った翔一はその手の冷たさに驚いた。一体どれくらいの間、手を洗っていたのだろうか。
一体どのくらい、彼女の心は冷え切っているのだろうか。
「……ごめん」
翔一は自分でも何故か分からないが、謝っていた。
「……何で巫護君が謝るの……?」
「委員長を……巫女を守るのが俺の使命だって、おっさんは言ってた」
「……使命?」
「巫女を守るのが巫護家の人間の使命。だから、俺が委員長を守らなきゃいけなかったのに……だから、悪いのは俺なんだ」
「巫護君のせいじゃないわよ……」
翔一のせいだと罵って、責任転嫁して、楽になろうとは思わなかった。
そうするのは簡単だ。
「今度からは、俺が何とかするから……だから、委員長はもう、戦わないでくれよ…」
翔一はもう沢山だった。
研究所内ではちょっとACの操縦が出来るからとうぬぼれていた。だが、実際はどうだ?新型のACに乗っていても、何もできやしない。
使命を果たす事もできない。
それ以前に、苦しんでいる彼女に何もしてやれない!
「委員長……もう、いいんだよ!」
翔一は思い知っていた。
自分が今まで思っていた委員長としての希望は、あくまで彼女の一面に過ぎない。
目の前で泣いている少女も、希望の一面なのだ。
「もう傷ついたりしなくていいんだ!これからは俺が、全部引き受けるから!」
「………」
涙に濡れた目を、恐る恐る翔一に向ける希望。
翔一はそっと、だがしっかりと希望の手を引いた。
「あ……」
「ほら、行こうぜ。皆が心配してるんじゃないのか?」
「そういえば……そうね」
希望は翔一に引かれた自分の手を、不安げに見る。だが、そこにはすでに血はなく、血の気の失せた青白い手があるだけだった。
「でもね……全部引き受けるって、そんなの駄目よ」
希望は涙を拭いながら、静かに言った。
「あと、掃除サボった罰はちゃんと受けてもらいますからね!」
「げっ、マジかよ!?」
逃げようとする翔一。だが、希望は翔一の手を放さなかった。
「だめだめ、逃がさないわよ!」
「おっ、おのれ!不覚だったぜ……」
口ではそう言いつつも、二人とも内心ではほっと胸をなでおろしていた。
(私の手が血で汚れても、まだ彼は私の手を取ってくれる……)
(やれやれ、やっといつもの委員長に戻ったな……)
次の日。
翔一はビリーの部屋を訪れていた。
「どうした?」
自分から翔一が会いに来るとは思っていなかったビリーは、何の用か見当がつかなかった。
「俺に……俺に特訓をして下さい!」
翔一の第一声はそれだった。
「………特訓?」
それは確かに分かる。大体の見当はついていた。だが……なぜ自分なのだ?
「それは分かるが……何故、僕のところに来た?」
オーフェンズ最強のパイロットは、言うまでもなくユーミルである。しかし、ユーミルは戦える状態ではない。最も、ユーミルに戦術指導などできるとは思えなかったが。
すると、次に来るのはビリー、ガルド、刃の三人である。
「まあ、いい。大体分かった」
その三人のうち誰に指導を受けるか……大抵の人間は、ビリーを選ぶだろう。
「ただし、それなりに厳しくはする。覚悟を決めろ」
「はい!」
翔一は決意していた。
今のままでは、とても希望を守れない。
もっと強くならなくてはいけない。叔父の残したラー・ミリオンを使いこなし、希望を守ることが出来るくらい強く……
司教府中枢、至聖所。
そこは司教府教皇の君臨する場所である。
そこに立ち入る事が出来るのは、十三使徒のみであった。
その至聖所に、足音もなく進んでいく人影が一つ。シスター・ヘレナであった。
赤い、荘厳さを感じさせるカーテンの奥、そこには巨大で壮麗な椅子が存在している。だが、その椅子の上には誰もいない。
「教皇猊下……」
だが、ヘレナがそう口にした次の瞬間、巨大な椅子には不釣合いな小柄な人影が椅子の上に現れていた。
白いマスクで顔を覆い隠し、全身を白と赤の法衣で隠した人物。教皇のみが身に付けることを許される最高位の法衣である。
「何事だ?」
その声はまだ少女のものだった。だが、その雰囲気はとてもそうは感じさせないほどの威厳に満ちている。
「巫女が現れました」
「……銀の巫女、とうとう現れたか……」
「はい。例の海賊を囮としたかいがありましたよ。オーフェンズの本拠地、ポイント000の所在も確認いたしました。如何致しますか?」
やんわりと笑みを浮かべたまま、尋ねるヘレナ。
「……殺せ……銀の巫女を…」
「畏まりました、教皇猊下…」
後書き 第8話「落ちない、汚れ」
時間かかりすぎ。
しかも短い。
どういうことだ?
ICOのせい?違う、友人宅にPS2メモカ忘れたからPS2できないし。
ギャグ話にするつもりが結局重くなった?それはある。
時間かかった割には出来も言い訳じゃない。
これは怠けてたのか!?
いかん。