第1話「夜襲」
夜。
日が沈み、代わりに月が顔を見せる時間。
生き物たちの、眠る時間。
そして、闇の帳が下りるその時間は、奇襲にはもってこいでもあった。
うっすらと生い茂る木々の間を静かに進む、2つの巨大な影。
鋼鉄の巨人。戦い以外には使い道のない道具―――アーマード・コアだった。
「ユーミル、敵は?」
深い蒼の機体のパイロットに、濃い緑色の機体のパイロットから通信が入る。
それに答えた蒼い機体のパイロットの声は、AC乗りには珍しい女―――しかも、まだ少女と呼べる年だろう―――だった。
「MTが12機と、護衛のACが1機…情報通りかな?」
「さすがサーチャー(索敵型)、ってところか?じゃあいつも通り、さっさと片付けちまうか」
彼ら二人は、<レイヴン>と呼ばれる傭兵だった。
2人とも、その道ではかなり名を知られたベテランである。
2人の今回の仕事は、森の中のある遺跡を占拠したハーネスト社の部隊を撃破、遺跡を奪還する事である。
今回のスポンサーは、現在地球の覇権を争っている3社の大企業の筆頭、アルマゲイツ社であった。
ちなみに残りの2つは、今回の敵と言う事になるハーネスト社と、3社中唯一「兵器」の開発に携わっていないネイブル社であった。
敵とは言っても、レイブンは別に企業に忠誠心も敵意も抱いているわけではない。
より有利な方につく、それがレイブンだ。
企業もそれを知っているから、優秀なレイブンであれば例え過去に自分達の敵になったことがあったとしても、必要と判断すれば契約を結ぶ。
企業とレイブンの間には、そういう奇妙な関係があった。
ビジネスと言う関係で、両者は共存しているとも言っていいだろう。
「じゃあ、先に行かせてもらうぜ!」
そう言い残し、緑色の機体がOB(オーバー・ブースト)を発動させた。
「あ!ガルド、待ってよ!?」
蒼い機体の少女―――ユーミルは、即座に自分の機体―――インフィニティア・サーチャーのOBを発動させる。
ビームマシンガン、ブレード、ビームキャノン、広範囲レーダーという装備だ。
ガルドのACは、既に遥か前方にあった。
遺跡との距離はぐんぐん縮まっていく。
しかし、ユーミルが遺跡に到達した時には、既に3機のMTが撃破されていた。
ガルドのACはケイオス・マルスと名付けられた、火力重視の戦闘用機体だ。
ユーミルがサーチャーで出る時にはガルドはこれに乗り、サーチャーの火力不足を補うのである。
「ちょっとガルド!遺跡、壊さないでよ!」
ユーミルはそんなガルドの破天荒な戦い振りを見て、ついつい言ってしまうが、そんな事を言う必要が無い事は彼女も理解していた。
ガルドはプロだ。
受けた仕事は、完璧にこなす。
ACの操作技術だけでは、レイブンは生きていけない。
ガルドがユーミルと組んでいなければ、例え彼女が歴戦の覇者であるガルドを上回る神業的なパイロット技術を持っていたとしても、今の彼女は無かっただろう。
ユーミルは性格的に、レイブンに向いている方ではないのだから。
現に破天荒に見えるガルドの戦い方だが、決して遺跡には傷一つつけていない。
立て続けに起こるグレネードランチャーの爆発は、決して敵MT以外を破壊する事はなかった。
ユーミルも気を取り直し、敵MTの殲滅にかかる。
索敵型とはいえ、たかだかMTを相手にするのには全く支障はなかった。
ビームマシンガンがMTのコクピットを撃ち抜いた。
手近な敵はビームサーベルで一閃する。
ユーミルが4機目のMTを撃破したとき、横合いから突如としてマシンガンの射撃が浴びせられた。
敵ACだろう。
サーチャーは装甲が薄いが、その分機動力は高い。
突然の攻撃だったが、別に不意を突かれた訳ではなかった。
敵ACから向けられた殺意を、ユーミルは感じ取っていたからだ。
無駄のない動きでほとんどの弾丸をかわし、右肩のレーザーキャノンを放つ。
敵ACはよけきれずに、右足を吹き飛ばされた。
それでも肩のミサイルを撃とうとしたACを、爆炎が包む。
MTを全部倒したガルドの放った一撃だった。
「あ…抜け駆け…」
ユーミルの口からついつい、不満げな声が漏れる。
「早いもん勝ちだよ。さて…今回のミッションは終わりだな。楽な仕事だったぜ」
「確かに楽な仕事だったよね。でも、何でハーネスト社はこんな遺跡を占拠したのかな?アルマゲイツ社も、何であんなに高い報酬出してまで…」
一瞬の沈黙。
ガルドはどうやら、呆れているようだ。
「ユーミル…まあ、お前にそういう事を考えるのなんて無理か」
「何よー!それじゃまるで、わたしがばかみたいじゃない!」
「ははは、そうは言ってねえだろ。ただ、向いてねえってことさ」
「悪かったわねー」
「まあ、そうむくれんなよ、説明してやるから。この遺跡は恐らく、<ゲート>なんだよ」
「<ゲート>…って、もう一つの地球に繋がってるって言う、あの?でも、あれって噂じゃなかった?」
<ゲート>。銀河系のどこかにあると言われる、地球と対になっている惑星・・・もう一つの地球<アナザー・アース>に通じるワームホールを開く装置・・・それが<ゲート>である。
しかし、古文書や壁画などから幾つもの<ゲート>に関する情報が発見され、<ゲート>自体も30個以上見つかっているにも関わらず、動く<ゲート>が一つも発見されなかった為、その存在はおとぎ話として認識されていた。
「ああ…噂、だがな…」
そういうガルドの表情には、苦いものがある。
だがユーミルには、それを窺い知る事が出来なかった。
「じゃあ、これも<ゲート>なら、そのもう一つの地球にいけるの?」
「動いてる<ゲート>は1個も見つかってないからな。どうせこれだって動いてはいねえよ。それより、ミッション完了の連絡を入れといてくれ」
「ん、わかった」
ガルドは苦い思いを隠せなかった。
(<ゲート>か…どうせここのも動きやしねえだろうが…にしても、偶然ってのは嫌なもんだぜ…)
MTの残骸が炎を上げる中、2機のACは静かに佇んでいた―――