「アルマゲイツ社の副社長?」
 孤児院から帰ってきたユーミルを待っていたのは、既に外出の準備をしたガルドだった。
 「ああ…俺たち2人に…いや、正確には"お前"に話があるそうだぜ。今からアルマゲイツの支社に来いとよ。まあ…支社ならここからそう遠くないからな」
 ガルドがそう言葉を続けるが、ユーミルは事態をよく把握していないようだった。
 「……何で??」
 「お前な……昨日のミッションの事とか、色々あるだろうが。俺も正直、何で俺たちをわざわざ呼び出して、直接会おうとするのかは分からねえよ。ビリー・フェリックスと言ったら副社長で、おまけにかなりの策士だって噂だからな。まあ…行ってみれば分かるさ」
 「今から出かけるの?リットに知らせなくていいかな?」
 リットは既に自分の部屋に戻っていた。
 「そんな遠くっていう訳でもないし、大丈夫だろうよ。ほら、さっさと行くぞ」
 「でも、もう夜だよ?」
 「メールには、可能な限り早く来いと書いてあった。急いだ方がいい」
 「うん…」
 さっきまで外出していたユーミルは、既に身支度は出来ている。しかし…ふと何かに気付いたのか、突然口を開いた。
 「ねえ、そのメールいつ来たの?」
 「今日の朝だ…それがどうかしたか?」
 「え?じゃあ、何ですぐ連絡しなかったの?」
 レイブン達は普通、通信用の端末を持っていて、すぐに連絡を取り合えるようにしているのだ。だからガルドは、すぐにユーミルに連絡する事も出来たはずである。
 「お前、孤児院行ってただろ?」
 「うん…でも…」
 「ま、そういう事だ。行くぞ」
 それだけ言って、さっさと歩き出すガルド。
 何だかんだ言って、ガルドはユーミルの相棒だ。ユーミルを気遣っているのである。
 その背中を見ながら、ユーミルは心の中でガルドの思いやりに感謝した。
 「うん、急ご!」


 第3話「初めての存在」


 大企業、アルマゲイツ社。
 3大企業のトップ。
 支社とはいえ、副社長ビリーが指揮している所である。その規模は大きかった。
 二人は今、そのアルマゲイツ社のロビーにいた。
 「ユーミル…」
 ガルドがジト目でユーミルを見る。
 「え?なに?」
 それに対してユーミルは、珍しいものが多いのか目を輝かせてきょろきょろしている。
 これでは田舎者か、子供だ。
 「もう少し、落ち着いてられないのかよ…」
 「な、なによ…わたしが落ち着いてないっていうの?」
 「はしゃぎすぎだ」
 既に夜とはいえ、まだ社員はたくさんいる。
 そして2人―――正確にはユーミルは明らかに、人目をひいていた。
 「いいか?静かにしてろよ」
 ガルドは受付へ向かった。
 「副社長のビリー・フェリックスさんに会いたいんだが…」
 「あ、はい。アポは取っておられますか?」
 受付嬢が笑いをこらえたように答える。その視線は、目の前のガルドではなく、その後ろ―――まだきょろきょろしているユーミルに向けられていた。
 「可能な限りすぐ来るように、って言われたんだが」
 「分かりました。少しお待ちください…」
 なにやらやり取りがあり―――
 「30階の執務室へどうぞ」
 「すまんな。ほらユーミル、行くぞ!」
 「うん、いこっか」
 ようやくここに来た目的を思い出したのか、ユーミルも少し真剣な顔になる。
 「ねえ、ビリーさんってどんな人?」
 「ああ?まだ若いって聞いてるが…」
 そう言いながら、二人はエレベーターに乗り込んだ。
 30階のボタンを押す―――


 
 ビリーは来客の知らせに、資料から顔を上げもせずに呟いた。
 「来たか…」
 その間も、仕事の手を休める事は無い。
 1秒たりとも無駄に出来ない生活なのだ。
 しかし、その彼が、次の瞬間には思わず顔を上げていた。
 「何このきたない壷。何でこんなの飾ってあるんだろう…高いのかな?」
 「ば、馬鹿!触るな!」
 がっしゃーん!
 派手な音ともに、部屋の入り口に置いてあった壷が床に落下し、ガラクタと化していた。
 「……ユーミル」
 「……壊れちゃった?」
 ビリーはしばらく呆然としていたが、すぐに気を取り直して言った。
 「気にすることは無い。どうせガラクタだ」
 本当は量産型のMTを1ダース買える値段だという事は、どうでも良かった。
 芸術品の価値というものはつくづく分からないものである。
 「おいおい、こいつはどう考えてもガラクタで済むような…」
 「な〜んだ。やっぱりそうなんだ。でも、ビリーさんって偉い人なんでしょ?何でこんなガラクタ飾ってるの?」
 ガルドの呟きはユーミルの声にかき消された。
 「ガラクタが好きなものでね」
 ビリーは苦笑しながら答えた。
 彼を少しでも知っているものが見たら、目を疑うような状況である。
 「それに、私は偉くも何とも無いよ。ただ人より少しずる賢いだけさ」
 こんな発言も、彼を知る者からすれば信じられないようなものだった。
 (―――不思議だ―――この少女とは始めて会うというのに―――暖かく、安らぎを感じる―――)
 ビリーは今までに感じた事の無い、不思議な暖かさを感じていた。
 「それで…一体何の用事だ?」
 ガルドが無遠慮に聞いた。
 相手がアルマゲイツ社の副社長だろうが、彼は態度を変えない。
 それを可能にする実力と実績が、彼にはあった。
 「ああ、そうだったね。時間が無いから、すぐに話に入ろう」
 その割には、ユーミルとたわいも無い話をしていたような気がするが。
 「実は、君たち2人に私の専属レイブンになってもらいたい」
 「何だと…?」
 ガルドは流石に驚いた。
 3大企業の筆頭、アルマゲイツ社の副社長直々に専属のお誘いが来るとは、ガルドも予想していなかったのだ。
 だが―――ガルドはすぐに、話の要点に気付いた。
 ビリーは、わが社の専属レイブンにではなく、私の専属レイブンに―――と言った。
 つまりそれは、アルマゲイツ社の専属ではなく、ビリーの専属になるという事を意味していた。
 そしてガルドは、副社長ビリーに敵が多い事も知っていた。
 アルマゲイツ社の内、外両方に。
 相当危ない橋を渡ることになりそうだ。
 リスクが大きすぎる。ここは断るべきだ。
 ガルドがそう判断するのに、1,2秒とかからなかった。
 この辺りは、流石にベテランなだけある。
 しかし、いくら考えるのが早くても、何も考えていない者に負けてしまうのは仕方ないだろう。
 「折角だが…」
 「うん、いいよ」
 ガルドの言葉を遮ったのは、またしてもユーミルだった。
 「おひ…」
 さすがにガルドも呆れているらしく、ジト目でユーミルを見る。
 「だって、ビリーさんの好きなガラクタ、壊しちゃったし…このままじゃ悪いでしょ」
 ガラクタの為に命を張るのか?
 というよりも、これがどれだけ危険な事かが、ユーミルには分かっていないのだろうが。
 「そうか…助かる」
 「おい、ちょっと待て。俺はいいとは言ってないぜ」
 このままだと勝手に話が決まりそうなので、ガルドは慌てて口を挟んだ。
 しかしビリーはガルドを一瞥すると、冷たい目で言った。
 「私は別に、君がいなくても構わない。彼女だけで充分だ」
 「んだと…!」
 ユーミルに掛けられる声と、ガルドに掛けられる声は全く異なっていた。
 まあ、後者がいつものビリーなのだが。
 しかし。
 「え?ガルドは一緒じゃないの?」
 ユーミルのその言葉に、ガルドとビリーの間で、冷戦状態(?)のような空気が流れる。
 「まあ、そうだな。君がそう言うのなら、2人で契約してもらうか」
 「仕方ねえな…ユーミル1人だけじゃあ、危なっかしくて駄目だ」
 ビリーとガルドがほとんど同時にそう言った。
 「じゃ、ガルドも一緒でいいんだ。ありがと、ビリーさん!」
 空気を読めよ…
 ガルドの内心の呟きが聞こえてくるようである。
 「そのビリーさんと言うのは、どうもぴんと来ないな。ビリー、と呼んでくれていいよ」
 「え…うん、わかった。じゃ、ビリー。これからよろしくね!」
 「ああ、よろしく頼むよ」
 なにやら―――ビリーは、ユーミルにしか話をしていない気がする―――
 「俺は?」
 ガルドが自分を指差すと、ビリーは冷たく、
 「せいぜい、彼女の足を引っ張らないようにするんだな」
 と、言い捨てた。
 「このわかぞー…」
 「あれ?どうしたの?」
 相変わらず、空気を読めないユーミル―――
 「取り合えず、依頼ができたら連絡する。それまではゆっくり休んでくれ」
 「うん、じゃあまたねビリー!」
 

 こうして、2人が帰った後。
 「……あれがユーミル、か…」
 ビリーは1人呟いた。
 初めて会った。ああいう、何の打算も無しに話せる人間とは―――
 「これで、変わるかもしれないな…」