アルマゲイツ支社はパニックに襲われた。
 アルマゲイツ本社の大部隊が、支社に向けて出撃したと言う情報が入ったからだ。
 「本社の奴らめ、遂に支社を切り捨てる気か!」
 司令室も相当な騒ぎだ。
 「敵の数は?」
 ビリーが落ち着いた声で尋ねる。
 「はい…MT250機、量産型ACダイスが30機…識別データ無しの巨大MTが1機です…対してこちらの戦力は警護用のMTが20機です」
 量産型ACとは、あらかじめ規格、武装を統一して大量生産されるACだ。ダイスはその中でも最も標準的なもので、マシンガンやロケットなどを装備している。
 量産型とはいえもちろんACなので、武装を換装する事はできる。同じ量産機としてはMTとは比較にならない戦闘力を持っていた。
 「いざとなれば、本社からの増援があるからと最低限の警備しか置かなかったのが仇になったと言うわけか…」
 支社の役員の1人が呟いた。
 それを否定するビリー。
 「本社からの戦力など、いざと言う時にはどうせ当てにならないさ。レイヴンの増援は頼めそうか?」
 「本社からコンコードに圧力がかかっているらしく、無理です!」
 「副社長のACは?」
 違う役員が聞く。
 「ファルノートはまだ修理されていない」
 ビリーはあっさりと答えた。
 もっとも、地下にはACがもう一台、隠されているのだが。
 「………」
 さしものビリーも、どうしようもなかった。
 本来ならば、このような時の為に雇っておいたユーミル(とガルド)をぶつける所である。
 しかし、今の彼には―――その選択は出来なかった。
 これ以上、巻き込むわけには行かない。
 「敵部隊、支社の包囲にかかりました!直接戦闘員が社内に侵入してきます!」
 「やはりな。奴ら、ここの地下にあるゲートが目的か」
 ビリーが相変わらず冷静に呟いた。
 「ここのゲートはほぼ完全な形で残っているからな…どうする気だ?」
 「総員をここに退避させろ。戦闘は極力避けろ!」
 そう言って、ビリーはゆっくりと立ち上がった。
 「どこへ行く気だね?」
 役員が尋ねる。
 「地下に…」
 ビリーは冷静な目のまま、呟くように答えた。
 
 地下に―――そう、彼のもう一つのAC、ヴェルフェラプターのもとに。


 第11話「届かない呼び声」


 
 「ビリーの会社が…囲まれてるの?」
 「ああ」
 ガルドの言葉に、ユーミルは思わず立ち上がった。
 その拍子に手にしていたコップが滑り落ち、乾いた音を立てる。
 「敵は本社の連中だな…とんでもない数だ。……って、待てユーミル」
 そのままガレージの方に走っていこうとするユーミルの行く手をふさぐ。
 「姉ちゃん…助けに行くつもりだろ」
 リットが、ガルドの後ろでそう言った。
 「コンコードから依頼は出てない。本社が圧力をかけてるんだろうよ。つまり、援軍は無いって事だ。いくらお前が強いって言ったって、あんな大軍を1人で相手にしようなんて思うんじゃねえ」
 「どいてよ、ガルド…1人でも、行くんだから!」
 きっとガルドを睨むユーミル。
 今までにはこのようなことは、数えるほども無い。
 「駄目だ。お前の気持ちもわからんでもないがな…今回ばかりは分が悪すぎる」
 「ビリーを助けるの!」
 「駄目だ!」
 「行くの!助けに行くったら、行くんだからっ!」
 ユーミルが一際大きな声で叫んだ、次の瞬間だった。
 
 "おいで…"

 その声は、ユーミルの頭の中に響き渡るように、聞こえてきた。
 「……え?」
 きょとんとするユーミル。
 「……どうした?」
 「姉ちゃん?」
 怪訝そうな表情の、2人。
 
 "おいで…"

 優しそうな、女の声だった。
 「呼んでる…?」
 辺りを見回すユーミル。
 「姉ちゃん?どうしたんだよ?」
 聞こえていないリットは、ますます訳が分からなかった。
 「なんだろう、この声…なんだか、すごく懐かしい…」
 ガルドの表情が変わる。
 (……まさか…目覚めたのか?だとしたら…)
 「ユーミル…その声は女の声なんだな?」
 「うん…おいでって、言ってる…」
 その声に誘われるかのように、ふらふらと歩き出すユーミル。
 ガルドは今度は黙って通した。そして、そのままユーミルの後に付いて行く。
 「ユーミル…お前を呼んでいるのものは、ここの地下…最下層で封印されている」
 ユーミルの後を歩きながら、言うガルド。
 「おっちゃん、知ってるのか?」
 さらにその後を歩くリットは、訳がわからないといった顔だ。
 「この奥…?」
 ユーミルの行き着いたところは行き止まりになっていた。
 「……ここだ」
 ガルドが、壁の隠しスイッチを押すと、エレベーターが出現した。
 「ガルド…何で、知ってるの?」
 ユーミルが振り返って、虚ろな眼差しでそう尋ねた。
 だがその問いにガルドは答えず、
 「さあ、行くぞ」
 と、ユーミルの背を押すだけであった。
 促されるままに、エレベーターに乗るユーミル。
 相変わらず釈然としない顔のリット。
 最後にガルドが乗り、ゆっくりとエレベーターは下降を始めた。
 


 やがてエレベーターは最下層に辿り着いた。
 上とは明らかに雰囲気が違う―――そこはあまりにも"異質"だった。
 「…な、なんだよここ!?」
 リットが思わずそう叫んでしまうのも、無理は無かった。
 彼にはこの空間を表現する言葉が思いつかなかった。無理も無い。
 あえて言うなら、そこはまるで何かの「神殿」のようなところだったからだ。
 ゆっくりとエレベーターから降りる3人。
 その部屋の中央には、「祭壇」としか呼べないものがあった。
 そして、そこには―――1体のACが座していたのだ。
 「あ…このACが…このACが、わたしを呼んでたの…?」
 途切れ途切れの声で、ユーミルはそう言った。
 「ああ…これが、お前が本当に乗るべき機体、インフィニティアだ」
 ガルドが、その青いACを見上げながら呟く。
 「インフィニティア…?」
 「サーチャー、バスターに搭載されているインフィニティア回路は、元を正せばこいつに装備されているオリジナルのレプリカだ…こいつの力は、あの2体とは比べ物にならねえ…」
 「……でも…ガルド、何でそんな事知ってるの?」
 ACから目を離し、振り返ったユーミルがそう尋ねる。
 「………」
 ガルドは、黙ったままだった。
 「ねえ、ガルドってば!」
 「それは…今回の事が一段落したら話してやる。今は奴を助ける事だけに集中しろ。分かったな、ユーミル」
 「……うん、わかった」
 ユーミルは素直に頷いた。
 今は、ビリーを助けに行くのが先だ。
 「俺もケイオス・マルスで出る。いいなユーミル、くれぐれも無茶をするなよ!」



 「ん…レーダーに反応?」
 「反応が一つ…なんだ、このスピードは!?」
 量産型ACダイスのパイロット達が慌てて辺りを見回した。
 次の瞬間。
 強力なビームライフルの一撃が突如としてMTの一体を一撃で鉄屑へと変えた。
 「な、なんだ!?」
 ダイスのパイロットが見たものは、鮮やかな蒼い色をしたACがOBで突っ込んでくる所だった。
 「単機でこの大軍に突っ込んで来ただと!?」
 無人MT10機が、そのACの進路をふさぐ形で展開した。
 しかし次の瞬間、彼の目の前には予想だにしなかった光景が広がる。
 一瞬。
 10機の無人MTは全て一撃で、一瞬の内に爆散していた。
 「馬鹿な!例えACといえども…何だあの破壊力は!?」
 2機のダイスはその蒼いACに向かってマシンガンを放つ。
 しかし、高速で連射されたその弾丸は虚しく彼方へ消えた。
 そして。
 蒼いACのブレードが振るわれる。
 まばゆい閃光。
 2体のダイスは一瞬で無人MT同様、炎を上げて沈黙した。
 「……これが…本当のインフィニティア…」
 コクピットのユーミルが、ぼそりと呟いた。
 機動力、破壊力、どれを取っても段違いだ。
 それに何より―――ここまでずっと、10分近くOBを発動させていたのに、エネルギーゲージは全く減っていない。
 『ユーミル!先行しすぎだぞ!』
 ガルドが通信を入れてきた。
 「ガルド…このAC、一体どうなってるの!?何か分からないけど、やたらとすごいよ?」
 『だから、今は気にするな!後でちゃんと教えてやる!』
 これならビリーを助けられる。
 ユーミルは再び、OBを起動させた。
 前方には200を超える敵がいる。
 ―――しかし、引くつもりは無かった。
 「待っててビリー、今行くからねっ!」




 後書き 第11話「届かない呼び声」
 さあ、段々世界観が危なくなってきました(自爆)
 しかもなんだか短いし…次の話は長くなると思うんですけどね。
 変なところで区切りたくなかったので。もう充分変なとこで区切ってるような気もしますが(ぉ
 後2話で第1部前編が終わる予定です。