第３話


　部屋に備え付けられているALS端末が自動的に空中投影式ウインドウをベッドの枕元に展開すると、アラームを鳴らせる。
　0700IST<Ibis-Standard-Time>と表示された小さなウインドウがほかにも何ヵ所かに展開されていた。
　この時代、地上都市は各都市もしくは都市群によって24時間サイクルの標準時<ST>が決められている。
　おかげでどこかの都市に出かけると時差が発生するという弊害が出たが、ALS端末などの各都市管理局へアクセスできる機器が自動的に現在地にあった標準時を再設定することで解決した。
　また、火星や地下都市にもそれぞれ標準時が設定されている。火星の場合は地上都市と同じような方式で、地下都市は独自の地下標準時UDT<UnderStandardTime>を設定している。
　そのどれもが地上都市とはやや違っている。
　火星の場合は24時間サイクルではない。なにせ、火星の自転周期が地球とは違うのだから、一日は25時間に設定された。
　それよりも問題なのは公転周期だ。地球換算で687日。約1.8年で一周する。
　当時の政府関係者を散々悩ませたが、結局は地球とほぼ同じ350日制を採用することになった。
　地下都市の場合は地上と同じ24時間に設定されている。ただしたとえ地上で太陽が高々と昇っていても、USTが夜ならば夜なのだが。
　理由は簡単で、地下都市の昼夜の区別は都市管理局のメインコンピューターが天井部分のALS端末を用いた大規模なフォログラムスクリーンを使用した光量調整で判断するからだ。
　地下都市間のデータ・リンクで統一してしまって以来、地上の天候など関係ない地下独自の天気が生まれている。
　アラームが鳴り続ける中、シーツの中から非常に白い左腕だけが出されてウインドウを払った。
　左腕で払われたウインドウは閉じ、ベッド周辺の騒音は消え去る。
「レナ…おい。いいかげんベッドの上で暴れるのはやめろ。ついでに朝食だ」
「う〜…………」
　うなり声を上げながら常に形状を変えるシーツに、アレスは苦笑しながら己が作った朝食をテーブルに並べる。
「いい加減起きないとお前の分がなくなるぞ？」
　朝食を並べ終わったアレスはベッドの傍まで歩み寄りながら彼女へと語りかける。
　しばらくして、もぞもぞとシーツの中から顔を出したのはレナだ。
　いつにもまして極端に白くなっている顔と、胡乱気な瞳。そして目の下に隈を作っている。
「あぅぅ」
　ベッドから起き上がりつつ、白いシーツを身に纏ってテーブルへと向かっていく。
　レナは受けた前回の仕事依頼二日間ほとんどベッドで暴れるという動作を繰り返していた。
　内臓を傷つけた弾丸は3つ。他にもあちこちに被弾して合計13発の銃弾をその身に受けていた。
　おかげで彼女の上半身は包帯でぐるぐる巻きにされている。
「まだ排出しきれないのか？」
「うぅ……あと4時間」
「そうか」
　人間にとっての致命傷はレナにとって致命傷にはなりえない。
　傷口も内部はほとんどふさがり、残るは皮膚などが浅く傷を再現している程度だ。
　だが、問題が無かったわけではない。
　敵が使っていた弾丸が妙な弾だったらしく、体内に無数の金属原子が残ってしまった。
　その金属はどういうわけか彼女の身体との相性が良くなく、酷い拒絶反応を起こしているのだ。
　おかげで内臓を含める体内のあちこちが猛烈に痒いらしい。
「痒い。死ぬ」
　ぶつぶつと呟きながらテーブルへと向かうレナ。その表情はいつもの無表情ではなく、眉根をよせている。
　アレスは初めてみるレナの表情の変化に苦笑しながらも彼女とは反対に座って食事を食べ始める。
「あぅぅ」
　再びレナがうなった。
　むぐむぐと凄まじい速さで食事をとり終わったらしい。
「おいおい。もう少し味わって食えよ」
「この状態では無理」
　それだけ言うとレナは再びベッドへと戻りぐねぐねとシーツが激しく変形し続ける。
　痛みならば訓練された屈強な人間でも絶叫するような代物ですら声を上げない彼女だが、痒みとなるとそうでもないらしい。
　それどころか、強化されて敏感な感覚器のおかげで想像を絶する痒みが身体の内側から発生しているとのことだ。
　この二日間は痒みに悩まされ、一睡も出来ずに暴れているため、レナの精神力の限界がきている。
「まあ、がんばれ。お前の言うとおりならあと3時間51分だ」
　いつもどおりに朝食を食べ終わったアレスが声をかけるが、返答は無い。
　動き続けるシーツに苦笑しつつ、アレスは後片付けをするために立ち上がった。
　と、そのとき。
―――Piiiiiiii！
　アレスの持つ携帯ALS端末がコール音を鳴らす。
　確認してみると、メールなどではなく会話用映像通信のようだ。
「珍しいな。俺に電話がかかってくるとは」
　そう呟き、自分のアドレスを知っている人物を記憶から探しながら通話許可を与える。
　モードは双方向通信モード。相手もサウンドオンリーなどではない。
　だが残念ながら送信者名にはUNKNOWNとしか表示されていない。つまり、アレスのアドレス欄には乗っていない人物ということだ。
　許可を与えられたALS端末は即座に空中投影式ウインドウを展開。通話を開始する。
　ウインドウの奥に映ったのは、つい先日会った茶髪の男性。
　G.F.I.ユニット開発部総責任者のトレイン・フェーバー。
「ん？　レナなら俺のところにではなく本人に直接連絡してくれ」
『いえ、今日は彼女ではなく……貴方に用があったんですよ。クエスというレイヴンにね』
「仕事か？」
　アレスはクエスという名前でレイヴン登録をしている。
　しかし、ACの性能に不満をもち、反応速度だけは非常に早いD+という名のMTを使っているために、副業としてイリーガルレイヴンをやっている。
『まあ、そうですね。実はわが社はレナ嬢の協力で新しい操作システムを使用するACを開発しました』
「ACは乗れんぞ。反応性が悪すぎる」
『まあまあ話は最後まで。そのACはAEGISは搭載していません。各機器の性能も向上していますし最初からD＋のAEGIS.M.S.S.オーバードと同等の反応速度を叩きだします』
「ほう」
　トレインの台詞に、アレスの目が細められる。
『それに、コントロールスティック自体に感圧素子を使用して、その上にスイッチを増設していまして…操作は今まで以上に難しくなりますが、まさに人のように動かすことが出来ます』
「つまり、俺にそのモニターをやれと？」
『早い話がそうです。ああ、レナ嬢もですが』
　というよりもレナがメインで俺がサブか、などとアレスは考えたが一応了承はした。
　最近人外専用戦闘MTのD+ですら自分の反応速度についていかなくなりつつあるのだから、そろそろ乗り換えの時期のようだ。
　G.F.I.の製造した次世代ACがどのようなものだか知らないが、レナのような高度な遺伝子操作とナノマシンインプラントを受けた奴が使う機体だ。アレスにも使えるだろう。
『ご存知のように、ACはOSであるAEGISシステムにより、数少ないスイッチ類で操作できるようになっています』
「一応、MTもAEGISだし、有名な技術だな」
『はい。しかし、AEGISは操作入力用サイドパネルを利用しても、使用者が新規登録できる動作パターンは１６。人型なのに人間のようにきびきびとした動きは出来ない』
　それを改良し、人のような汎用性を持たせた次世代ACの開発が各社のメインなのだとトレインは言う。
「それで、できたってか？」
『まあ、出来たというかなんというか…ほとんどL-Unit専用といってもおかしくないですねぇ』
「人間じゃ追いつかない？」
『そういうことです。ま、Plus計画の生き残りである貴方なら、使えそうだということですよ』
　トレインがPlus計画と発言したことにアレスは顔を歪めた。
　プラスは一般的であり、ACに少し詳しい人間ならば一般人でも知っている強化人間のことだ。
　だが、Plus―プルス―のほうはいまや知る者はほとんどいない、闇に葬られた計画の名前で一企業の重役が知るべきことではない。
「どこでそれを？」
『私は反Plus計画チームの人間との付き合いがあります』
「だから知っている…か」
『はい。NDLS用のナノマシンインプラント計画――正直言って無謀以外の何者でもないですけど』
「俺以外生き残った奴はいなかったしな」
『……まあ、とにかく、一度は本社へと来てみてください』
「分かった」
　そういって、ALS通信を切ろうとした時、トレインがそれをとどめた。
　急に何かを思い出したような仕草もしている。
「なんだ？」
『い、いえ…レナ嬢なのですが……』
「あいつが？」
　アレスの問いにトレインは額から脂汗をたらり、と流しながら言いにくそうに目をそむける。
『………レイヴンライセンス、持ってないんですよこれが』
　その一言でアレスはテーブルに頭をうち付けた。
　第一種Ｂ類大型機械操縦資格。通称はレイヴンライセンスと呼ばれる代物は、連邦政府の認可の元にコンコード社のみが開催する試験に合格すれば受けられるものである。
　合格すれば、アリーナに登録されてレイヴンとしての活動を許可される。
　ただし、定員制であり最大人数は地球・火星双方それぞれ１００人まで。それ以上いると経済面で世界が崩壊しかねないので連邦政府は許可していない。
　何せ、レイヴンはコームという彼ら専用といってもいい通貨単位でのみ報酬をやり取りする。
　最低でも１００００単位以上のコームを。
　１コームは通常の通貨単位である１万FCである。つまり一回で１億FC以上を入手するのだ。こんなことを頻繁にやり取りしていたら経済が崩壊しかねない。
　だからこその定員制度なのだが……現在のレイヴン総数は８０にも満たない。
　毎年合格者は数多く出るが、資格入手後１年間以内に死亡するレイヴンは98%以上。初心者ほど死に易く、死ななかったものがレイヴンとして名を馳せる。
　そして、１年過ぎても次の年で死ぬレイヴンも数多く、この制度が導入されてから一度も１００という人数を叩きだしたことは一度も無いのだ。
　そんなレイヴンどもよりも身体能力で優れるレナが、ライセンスを持っていないのだ。
　衝撃過ぎて、平静を保てない。
『非公式でACに乗って戦ってたり、表に出せない戦闘MTで戦ってもらってはいたんですが…その、どうせ非公式なんだからレイヴンライセンスを取る必要は無いと彼女が』
「…４時間ぐらい後にあいつに強引に取らせる。安心しろ」
　アレスのその一言に、ぱぁっとトレインの顔が明るくなる。
『助かります。彼女は結構頑固で私の言うことはあまり聞いてくれないんですよー。私も面倒は嫌いですし。ではお願いしますね』
　早口言葉でまくし立て、トレインはアレスが何か言おうとしているにもかかわらずにALS通信を切断する。
「妙な奴ばかりだな」
　彼自身、かなり妙な人間なのだが、自分のことはきにしない。
　人は自分の悪い評判など、己自身で見つけることなど、出来はしないのだ。
　特に、変人は自分が変人だということは気付かない。
　アレス・ハルトマン。彼もそんな変人奇人の類だった。


　コンコード社は各都市において最低一つ以上の支社を持つ。
　アイビスシティにも当然コンコード社はあり、レナはそこへと向かっていた。
　黒いノースリープのシャツと紺色のズボン姿の彼女は一人だ。
　アレスは既にレイヴンライセンスを所持している上にいろいろな用事があるということで、家に残っている。
　エントランスにあるインフォメーションセンターへと全くの無音で近寄る。
　気配も何もかもなく、誰にも気付かれないような独自の歩き方でインフォへと向かってゆく。
　ただし、若干足元がふらついている。
「すみません。第一種Ｂ類大型機械操縦資格試験を受けたいのですが」
　インフォにいた受付の女性はその言葉を受けて、目を丸くしてレナを見つめる。
　大方、外見年齢16歳前後の少女がレイヴンになるために試験と受けるとは…、とでも思っているのだろう。
　しばらくレナを呆然と見つめていた受付嬢だが、前例が無いわけではないので、机の上を探して試験用の応募書類をレナへと手渡す。
「ここに必要事項を記入してくださいね」
「ありがとう」
　にこやかな営業スマイルで書類を手渡してくる女性に対し、レナはいつものように無表情で受け取り例を言う。
　書類を受け取ったレナは、軽く横にずれて後ろから来る客の邪魔をしないようにしながら書類に必要な項目を記入してゆく。
　とはいえ、レイヴン試験の応募書類は、応募する人間―訳ありな人間―のせいか、たいしたことは記入しない。
　せいぜい、年齢（不正確でも可）・名前（偽名でも可）・性別ぐらいなものだ。
　特別な欄といえば、何度か受験している人用に筆記試験免除資格なんてものを書き込む欄がある。
　最初の一枚目を記入して二枚目をめくると、そこから先は試験を受けるに渡っての注意事項みたいなもので埋め尽くされている。
　レナは自前の速読技術でつらつらと文字を読んでいき、ぺらぺらとページをめくっていき最後の同意欄のところにある『試験を受ける』という文字を丸で囲む。
　氏名・年齢・性別、そして筆記試験免除資格のIDを書き込みつつ、事前の裏工作が成功していることを祈る。
　データベースをクラックして免除資格持ちにしているが、試験自体を受けるのはコレが始めてだ。
　まあ、筆記試験は整備や機体構造などに関するものばかりなので、幾度も非公式にACを動かし、整備してきたレナには必要ない。
「これを」
　記入が完了した書類を受付嬢に渡すと、応募が完了する。
「はい。確かにすべて記入されていますね。では、そちらのエレベーターに乗って地下４階のガレージへと向かってください。地下４階で担当者がご挨拶いたします」
　そういうと受付嬢は書類に記入された文字をデータ化して、コンコード本社のメインコンピューターに送信する。
　受付嬢の作業を確認するとレナはエントランスの奥にある小さなエレベーターへと歩き出した。

　エレベーターで地下４階のガレージに降りた彼女に近寄ってくる担当官から、試験についての注意事項をいくつか言われるとレナは早速、渡されたパイロットスーツ―当然のごとく女性用だ―を受け取って近くにあるロッカールームへと入る。
　このパイロットスーツは、初心者必須アイテムである。
　衝撃吸収能力に秀でたスーツは、ACに搭載されている重力・慣性制御システムの許容量オーバーの不可から身を守る。
　上位のレイヴンでも使用されることがあり、女性レイヴンにはほぼ必須のアイテムといってもいい。
　だがレナの場合は特に意味はなさない。彼女の場合は重力・慣性制御システムをOFFにしてもACを動かすぐらいは簡単だ。
　それでも一応着用してないと、担当官に不信感をもたれる可能性があるので着るのだ。
　余談ではあるが、このスーツは女性からはあまりいい評判は上がらない。
　男性用はそうでもないのだが、女性用の場合は妙に密着するタイプなのだ。一説によると開発者の趣味によるらしい。
　男性用ならばやけに戦闘用の小道具入れが多かったりするが、女性用はそんなものは一切無い。
　というわけで、着用するともろに身体のラインが分かるために毛嫌いされる…というわけだ。
　しかもこのスーツ、『前提条件が身体の上に直接着用すること。許容限界範囲が下着の上から直接着用すること』である。
　よって、女性陣からはほとんどインナースーツ扱いであり、スーツの上になんらかの服を着てACに搭乗する。
　つまりはレナのように素肌の上から直接着用し、なおかつそのままロッカールームを出る女性などほとんどいない。
　ガレージ内にいる数多くの男性陣に惜しげもなくその姿を晒しながら、レナはACへと乗り込む。
　女性陣から嫌われるだけあって、隠すべきところは隠されているが場合によっては全裸よりも男が興奮するような服である。
「嬢ちゃん。起動の仕方は教えた。これ以上は教えちゃいけない規則でな…がんばってくれ」
「ええ」
　コアにあるコクピットハッチ上から、担当官である中年男性からの声に答えてからレナはハッチを閉じる。
　試験用に渡された白色のIDカードを右コンソールパネルの一番上にあるスリットに差し込む。
　それだけで周囲の装甲板の上に空中投影式ウインドウが展開され、コンコード社のロゴマークとナーヴズコンコードのインデックス画面が表示される。
　インデックス画面のうち、MAILとMISSTIONとARENAは灰色で表示されて選択不能になっている。まあ、試験用のIDだから仕方が無い。
　残る項目のうち、ガレージを選択するとすぐさまシミュレーションモードへ突入する。
　試験用に使われる機体だから徹底的に試験用にカスタムされている。
　コクピット内の機器も変更され、通常はIDカードを挿入して起動させてそのスリットの横にある赤いスイッチを押すことで重力・慣性制御システムがONになる仕組みなのだが、それは排除されている。
　赤色の四角いスイッチは押しても作動はしなく、IDカードの挿入した時点で重力・慣性制御システムはONにされる仕組みだ。
「………なんか、変」
　今まで試験機なぞ操作したことの無いレナは違和感を感じて一瞬だけ眉根をよせるが、すぐに元の無表情に戻る。
　久しぶりのAC操作なので、早いうちに感覚を取り戻しておきたいところなので、集中してシミュレーションモードに取り組む。
　試験機のシミュレーション・モードは二種類あり、一つが通常のテストモード。もう一つはレイヴンズ・ネストというゲームメーカーから販売されているテストモード２。
　テストモード２は機体がガレージに接続されていて、ガレージに設置された演算機との回線をオンラインにしないと使用は出来ないがテストモードよりも状況が多種に渡る。
　一般家庭用に発売されているゲームをレイヴンシミュレーション用に少しいじったものではあるが、なかなか高性能でレイヴン用に販売されているデータを購入しているレイヴンも多い。
　今のところ、『ARMORED CORE』『ARMORED CORE Project PHANTAZUMA』『ARMORED CORE Master Of Arena』の三種類がこのガレージにある演算機に保存されているらしい。
　他にもレイヴンズ・ネストから、火星でのレオス・クラインの反乱をモチーフにして主人公が成長し、クラインを倒すという『ARMORED CORE2』と純粋にシミュレーションを重視した『ARMORED CORE2 Another Age』の２作品も発売されている。
　一時間ほどシミュレーションモードで操作に慣れようとしていたレナだが、突然シミュレーションモードが強制終了された。
　同時に今まで灰色で表示されていたMISSTIONが強制的に開かれる。タイトルは『レイヴン試験』。
　どうやらうまい具合に試験が出来そうなミッションが発生したらしい。
　ACは種別上、準人型汎用戦闘兵器である。
　動作プログラムのオート入力方式とOSであるAEGISシステムのおかげで２スティック２ペダル、スティック１つ当たり３つのスイッチで基本的な戦闘行動が可能となる。サイドパネルには最大１６個の動作プログラムパターンを入力・登録することができる。
　しかし、今のところ人のように柔軟で繊細な駆動は不可能であり、それが次世代ACの目標となっている。
『外部電源供給中』
　機体の状況を表示させるウインドウに小さな文字が表示されている。言語は先ほど設定しておいたので、プログラム言語とは違って日常で使用する統一語で分かりやすい。
　外部電源供給とは、背部…というよりは腰部に接続された電力供給ケーブルは輸送機やガレージでのジェネレーター使用を避けることができ、作戦行動時間まで燃料を消費しないようにできる機構だ。
　ついでに言うならば長時間のジェネレーター使用によって発生する機械的劣化を防ぐこともできる。
『聞こえているか？』
　輸送機が飛び立って既にそれなりの時間が経過している。
　そんな時にALS通信が入ってきた。相手のモードは相互通信。こちらにも相互通信を要求している。
　向こうの方が上位設定になっているためにコアの内蔵ALSを介しての通信は無視することは出来ない。
　相手はどうやら男のようだ。
「良好」
『……このエリアのMTを全滅させることが任務、もといテストだ』
「了解」
『……俺も同行するが、手助けは一切しない』
　それだけ言って、男は通信を閉じた。
　同時に装甲の向こう側――外部からガコン、という音がしてくる。
　おそらく、空中投下用のロックが解除されたらしい。
　映像に映る地表が加速度的に迫ってくる。
「戦闘…開始」
　着地時に脚部にダメージを与えないように、適度に電磁スラスターを噴かす。
　この電磁スラスター、通称は単なるブースター。
　スラスターから放出された荷電粒子が都市の道路を黒く焦がす。
　電磁スラスターは荷電粒子をある程度収束しつつ電磁加速して放出する。
　つまりは粒子ビームみたいなものだが、収束率が低い分火器としてはほとんど使えない。威力は最低出力のパルスライフル以下だ。
　何せ、あくまでも推進用。電力消費の割に大量に広く放出して推力を稼ぐ。当然放出される荷電粒子は武器よりも遠くへはいかない。
　反面推進機器としては有効で、通常の航空機や車両で使用される燃料式のような推進剤切れということは無い。電力さえあればいくらでも使用できる。
「敵……MT12機。機種……DMT-04？」
　AC用の最安価レーダーより己の感覚器の方が索敵距離も精度もオプションも優れている。
　瞬時にエリア内の敵機を捕捉。識別する。
　敵はDMT-04。デュアル社の製品で岩盤掘削用のドリルが主な地下工事用MTだ。
「…None」
　半分呆れているのだろうか。レナの表情に変化は無いが、軽いため息を吐くと正面下部のALSをキーボードモードにする。
　タッチパネル状のキーボードを操作し、レーダーを含める肩武装を排除し左腕のブレードも排除する。
　接近戦特化しか出来ないドリルMTならば、ライフルだけでカタがつく。
　初期の安物ライフルとはいえ、シミュレーション中に弾を通常の成形炸薬弾<HEAT>から超高速徹甲弾<HVAP>に交換してもらうように指示し、確認もしている。
「FCSオフ。照準をマニュアルに変更」
　音声入力で指示を出したのか、己に対して言ったのか、レナはFCSを強制パージし停止させる。
　正面のMTに照準、発砲。
　HEAT弾なら着弾まで1.2秒のところを超高速徹甲弾は0.4秒で着弾する。
　発射された弾丸は正確にMTのコクピットをいともあっさりと撃ち抜いてしまう。
　弾速と装甲貫通力に非常に秀でている弾丸が、この超高速徹甲弾なのだ。
　ランカーレイヴン１０名のうち大半が、超高速徹甲弾を多用するのもコクピットを一撃で撃ち抜くメリットを考えているのだ。
　残りの半数は、バズーカだったりショットガンだったり、ミサイル、グレネード、エネルギー兵器を使用している。
　FCSが使えない無い分技量は問われるが、技量さえクリアすれば非常に便利な弾と化すのだ。
「次」
　近くにいて射線を妨害しない敵のみを狙い、既に３機を潰している。
「近付かれず、ミドルレンジで戦えば」
　ロングレンジだと流石の超高速徹甲弾でも威力が低下してしまう。
　クロスレンジだとは殴りあうことになるため問題外で、残るのはミドルレンジのみ。
　レナは近付き過ぎないように、１つ１つ確実に撃破していく。
　１０機目のMTを撃破し、一息ついたところでレナは嫌な予感がした。
　とっさに機体を動かして振り向くと、いつのまにか敵MTがレナの機体のすぐ後ろにいた。
　既に腕のドリルは突き出されており、回避することは出来ない。
　地下の固い岩盤すら用意に削り取る掘削ドリルにはACの複合装甲は何の役にも立たない。
　何とか、ぎりぎりブースターを噴かして上昇し、回避したが左足が大腿部から下を失った。
『BLS-04フェイル。左脚部損失。残AP80%』
　今の衝撃で５つあるバランサーのうちの１つが停止。左脚部がほとんどばらばらにされているので左脚部の装甲は完全に失ったとAP計は判断したらしい。
　コアに当たっていれば、同じ残APでも完全に撃破されていただろう。AP計は目安以外の何物でもないのだから。
　着地の衝撃で残った右脚部のフレームに歪みが発生した。ついでにバランサーがさらに１つ停止。
　片足なので限界積載重量が半減。その上すべての負荷が残された右脚部にかかるためにそう長くは保たない。
「ちっ！」
　反撃とばかりにライフルを２連射してMTのコクピットブロックを撃ち抜く。
　再び衝撃。
　今度はライフルを持った右腕は削り取られたらしい。
　敵は挟撃という作戦に出たらしかった。
『ALART！右腕部損失。右脚部損傷。BLS-05,03,02フェイル』
「役立たず」
　この程度の衝撃で停止する不良バランサーに毒づくと身体に力を入れる。
　直後、まるでミキサーの中に放り込まれたような激しい衝撃がレナを襲った。
　ACがビルに向かって倒れたのだ。
　３点式のシートベルトが衝撃に耐え切れずにロックがはずれて伸び、頭を装甲版にぶつける。
　ALSという空中投影式スクリーンシステムがあるので、コクピットの周囲をディスプレイにする必要が無いのだ。
　コアの装甲の上に投影すればそれでこと足りるからである。
　レナは一瞬意識を失ってから数秒後に気がつく。
　まだ、敵はいる。倒すべき敵がいる。
　正面下にある唯一のディスプレイを使用する機器、ナーヴをキーボード・モードにし、OSの変更を行う。
　といっても、状況を強引な屁理屈で納得させる、といった方が正しいか。
<戦闘は終了。現在処理中のデータはOSの混乱による戦闘記録の再現。現在は修理中であり機体チェックを行いつつ修理を続行中。可及的速やかにシステムをチェック＆整備モードに変更することを要求する>
<了解>
　無茶苦茶な状況説明だが、機載AIは低性能なので信じたようだ。すぐにチェックモードへと変更される。
　すぐさま左腕で近くに落ちている右腕からライフルをもぎ取り、最後のMTへと向ける。
　時間が無い。もう敵はトドメをさそうとしている。
　左腕のコネクタとライフルが接続され、機体のIDコードとパスワード認識がなされ、セイフティが解除される。
　そのままライフルにあるプログラム（反則的なプログラムである）を流し込み、リミッターを解除。
　照準もろくにつけずに左腕の人差し指を動かし、ライフルのトリガーを引かせた。
　発砲。
　通常の３倍リロードが早く行われ、ライフルの弾が手当たり次第目前のMTを穴だらけにして、ライフル事態も爆発。弾倉内の弾薬も誘爆して残っていた左腕も肘から下が消失する。
　レナが送り込んだプログラムはライフル本体のリミッターを解除するものだったのだ。
　通常、ライフルに限らず機械は耐久限界値というものがある。
　ACが使用する武器である銃器系は機構上、もっと早く撃てたりできるのだ。しかしそれをすると銃身や内部機構は加熱・衝撃で焼損などを起こし壊れてしまう。
　だから派手に使っても壊れない、一歩引いたところで限界としソフトウェア的なリミッターをかけているのだ。
　暴発・焼損・損失覚悟でリミッターを外せばこのようなことも出来るのだ。
　無論、この行為は禁止されているがアリーナで行ったわけでもない上に、戦闘記録を書き換えているので、傍目にはライフルが地面に落ちた衝撃で偶然リミッターが外れただけにしか見えない。
「……眠い」
　レナは敵の殲滅が完了したことと、自機のダメージが酷く回収を要求することを、審査役とコンコード社に連絡すると今にも眠りそうな表情で呟いた。
　よくよく考えてみればここのところ全く寝ていないし、酷く神経をすり減らしている。
『おい、聞こえているか？』
「……聞こえています」
　眠りかけたレナを呼んだのは審査役として同行したレイヴンだった。
『…何か不安だが…まあいいか。試験に合格だよ。同時にアリーナに登録された』
「そうですか」
『後日正式に書類が届く。受け取ったら指定の場所に行け』
　ACの聴覚センサにはAC輸送用の大型輸送車と工作車が近付いてくる音が捉えられる。
　どうやらこうなることを予想してあらかじめエリア外ぎりぎりで待機していたらしい。
「帰っていいですか？」
『…どうやってだよおい』
　サウンドオンリーの通信ウインドウから呆れたような声が返ってきた。
「――じゃあ寝ます」
『あん？　おい、まさかお前…おいコラ！　人の話を――』
　向こうの方が上位なので、通信はこちらから切ることは出来ない。
　だが、あっさりと通信ウインドウは閉じてしまった。
『……』
　レナがACのジェネレーターの火を落としたためにウインドウは閉じたのだ。
　電力が無ければ、通信機器は作動しない。コンデンサから引っ張ることも出来るがそれは外部からは出来ない。
　完全な闇の中でレナはゆっくりと目を閉じる。
　レイヴン試験に合格したことも、生き残ったこともどうでもいい。
　彼女は今は何よりも休息と睡眠が欲しかった。

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