ARMORED CORE 〜Another World〜別世界というより混合世界

第二話


 廃墟と化した市街地で轟音が響く。
 そこは数年前に廃棄された都市のひとつだった。原因は大規模テロ活動による重度破損だ。
「ちぃっ!!」
 烏色の戦闘用高性能MT『D+』の中で、クエスは舌打ちした。
 右のビルから一機の重装MT『ローバストGn』が現われ、D+に向かってグレネードを発射する。
 スラスタで左へ回避しなんとかやり過ごすと、右手に持った6連結束銃身80ミリ対AC用ガトリングカノンをローバストへと向ける。
 ガトリングカノンの銃身が回転をはじめ、高速で徹甲焼夷炸裂弾を吐き出す。
 ローバストは持っていた盾と自前の装甲を穴だらけにされて爆発する。
「鈍い…鈍すぎる!!」
 コクピットの中でクエスは右の操縦桿から手を離してサブコンソールパネルにコードを打ち込む。
『システムモード変更。命令処理速度を上限値まで上昇します』
「早くしろ!」
 左右のスロットルレバーを前方へ突き出しロックすると再び操縦桿を握る。
 FCS――ロックオン。
 右のトリガーを引くと同時に多数の銃弾を受けてローバストがもう一機炎上する。
 広場に出て、左に曲がろうとしたが連続したグレネード弾がD+目がけて飛んできた。
 それを全弾回避しもと来た道に戻って隠れる。
 流石に連続したグレネードはきつい。一発でも直撃してしまったら終わりだ。
「残弾約1200か…なんとかなるな」
 激しい爆発が周囲に巻き起こる。
 壁越しに攻撃している。ビルの強度はそれ程でもないからこのままでは危険だ。
 隙を見て飛び出し、敵の集団に向かってガトリングカノンを構えた。
 丁度良いタイミングで、クエスの側にとってはありがたくないタイミングでコアへの直撃コースのグレネードが飛翔してきた。
 本来ならば回避不能のそれを、機体を捻らせて回避させる。
 トリガーを引く。
 構えたガトリングカノンの銃身が回転し轟音とともに銃弾が敵集団に向かって吐き出される。
 連続した銃声。
 吹っ飛ぶようにしてなくなっていく残弾カウンターの数値。
 煙とともにバラバラと宙に舞う黄金色の空薬莢。
 電動給弾と反動のために給弾チェーンが震える。
 秒間60発もの灼熱の弾丸が空間を駆け抜けMTの装甲に突き刺さり、貫通し内部で爆発していく。
 たっぷり、十秒ほど掃射してから漸くトリガーから指を離した。
 弾丸の射出は止まり、銃身が回転しながら白煙を立ち上らせる。
 高熱によりイオン化した空気が銃口周辺に見られた。
「当初の予定通りなら残存する敵はこれでいないはずだが」
 残骸、としか言いようのない物を見ながら正面モニターを見つめた。
 クエスの受けた依頼はテロリスト撃滅。敵はローバスト十二機構成のはずだ。
 ここへ来るまでに三機。ここで九機。全て撃破したことになる。
『敵増援を確認。ACです。機数一』
「やはりいるか。相手の機体名は分かるか?」
『エイヴォリクスです』
 どうやら相手は最近登録したレイヴンらしい。それも悪い噂が絶えないレイヴンだ。
 無言で左の操縦桿のトリガーを引いた。
 今回左腕に装備しているのは増加弾倉でガトリングカノンの弾が500発格納されているのだ。
 それが背部の3000発弾倉へと繋がっており、クエスのトリガーによってチャージされた。
「これで残弾1100ちょい。1機だけならなんとかなる」
 左操縦桿についているボタンの一つを押して増加弾倉を外す。
「距離2000…1800…1600…」
 直進してくる。
「……」
 無言でガトリングカノンを向け、トリガーに指が掛かる。
 相手の機体の姿が見え、トリガーを引こうとしたその瞬間にAIが警告した。
『接近警報、3時方向 高エネルギー体接近。推定…大型ミサイルの類と推測』
「なにっ!?」
 慌ててそちらを向くと確かにミサイルが向かってきている。四発。
「くそっ」
 コアの迎撃機銃をオートからマニュアルに切り替え、迎撃する。
 彼程の腕になるとオートよりも命中率がいいのだ。
 爆発するミサイル。
 直後、彼は機体をスライドさせた。嫌な予感がしたのだ。
 爆発。
「うおおおおおっっっ!!」
 機体のバランスを保ちながら上昇、爆発圏内から逃れる。
『警告。レーダーに損害発生、300秒間使用不可能です』
 どうやら、ダミーに爆弾をぎっしりと詰めていたらしい。
「クソ野朗!」
 再びサブコンソールパネルにコードを入力する。
『警告。命令処理速度を機体上の理論限界値まで上昇させます。システムへの負担増大と予測、オートリミッターによる時間制限が掛かります』
「起動しろ!」
『了解。MSSオーバード。残り300秒』
 モニタの端でカウントダウンが始まる。
 そのやり取りの間に敵ACは急速接近しながらこちらにマシンガンを放ってくる。
 先ほどまでなら直撃のパターンだろうが、MTやACの操作システムであるMSS<マニュアルスレイブシステム>をオーバードさせている今ならば避けきれる。
 通常は制御コンピューターを介して機体を動かすのだが、この場合は制御コンピューターを介さずに命令を機体にダイレクトに伝えるシステムだ。
 もちろん、並みの人間が扱えばまともな動きができない。しかし、クエスは数少ないMSSオーバードを使いこなせる人間だった。
 回避した後にお返しとばかりにガトリングカノンを連射。
『敵ACについての推測。四足高機動AC。ショットガンとチェインガンによる実弾重視機体と推測です。左にシールドを確認』
 どうやら避けきれないと判断しエネルギーシールドを展開したようだ。
 ガトリングカノンの弾丸はシールドで大幅な弾速の低下をまねき、ACの装甲に突き刺さって爆発している。
『悪いが、敵になったことを恨んでくれ』
 相手から強制介入通信。
 この手の通信は相手に無理矢理こちらからおくることだけは出来る。
 厄介な機能だ。下手すると操縦者の集中力を削ぎかねない。
 ガンガンガンガン、と機体に衝撃がはしった。
「直撃か?」
『ネガティヴ。右脚部に被弾。命中角度上、装甲に弾かれました』
 ふう、と安堵の息を漏らすクエス。背中の弾倉にあたりでもしたら爆発確定だ。
「ついでだ。奴のショットガンはヘッシュ(粘着榴弾)か?」
『推定ではアフアーマティヴ。HESHです』
「助かった。近接信管でないなら正面から向き合う限り、後ろは心配しなくていい」
 唇を舐め、操縦桿を握り締める。
「残りは?」
『240秒』
 そう言いながらも相手に向かってガトリングカノンを発射した。
 エイヴォリクスとの距離は既に200をきっており完全な撃ちあい、斬り合う距離だ。
 お互いにブレードは存在しない。純粋な撃ちあい。
「舐めるなよ、若造っ!」
 左右のスロットルを全開にしてエイヴォリクスへと突撃する。
 相手はD+の加速力と機動性に驚きながらも反射的に武装をショットガンに切り替えた。
 驚き、隙を作らないのは上出来だ。
 クエスの目の前でコアに向けられたショットガンの銃口から八個の散弾が吐き出される。
 ヘッシュショットと呼ばれる小型拡散粘着榴弾はD+の胴体を中心にして拡散していく。
 クエスは右にスライドして回避。代償として左腕が肘から切断された。
 しかし、既にD+の構えるガトリングカノンはエイヴォリクスのコアに向かって構えられており、今弾丸が発射された。
 一通りコアにダメージを与えると連射しながらバックブーストする。
 数秒後に、四足ACエイヴォリクスは炎上した。
「MSSオーバード解除、システムの洗浄をしておけ」
『了解』
 モニターに表示されていたカウントダウンが停止された。
 そして、油断なく周囲を警戒しながらクエスは都市から離脱していく。
「こちらクエス。ミッションオーヴァ、報酬は振り込んでおけ」
 依頼主にそう言い放つと通信を切断し、サブコンソールパネルをいじりまわす。
『戦闘システムから準戦闘システムへと移行します。以後、FCSの機能が停止、武器の発砲はオートセイフティ解除を実行してから発砲してください』
 AIがそう告げる中、クエスは遠くを見つめた。
「やれやれ、お姫様の目覚めには間に合わんか」
 そういう彼の表情にはイリーガルレイヴンであるクエスの面影はなく、一般人と同じような青年アレスの顔だった。

 ベッドに眠る少女が寝返りをうち、そこに眠っているであろう人物を抱きしめようとした。
 しかし、そこにいるはずの人物はおらず、空振りに終わる。
 少女はもう一度抱きしめようとする。またもや空振り。
 そんなことを何度も繰り返すうちにずりずりと端へよっていき、頭から床に落ちた。
「……」
 心なしか、涙目になりながら少女は目覚めた。
 長く伸ばした自らの蒼銀色の髪が身体中にからまり、抜け出すのに苦労しじたばたと暴れる。
 ようやく起き上がると、周囲を見回し、ベッドの上を見る。
 いるはずの部屋の主が居ないことに驚きながら、バスルームやキッチンものぞいてみるが居ない。
 完全に困惑している彼女はとりあえず、出かけたと判断し、唯一外へと繋がっている出入り口をじっと見つめた。
 小1時間ほどそのままじっとしていると、来客…つまりドアの外に誰か居る…を知らせるアラームが鳴った。
 少女はすぐさまドアの前に立ち、ロックを解除しドアを開けた。
「ああ、起きてたかレナ」
 男、アレスの問いに蒼銀髪の少女はこくん、と頷く。
 ただし、その瞳はとろんとしていて眠たげそうなので、反射的に頷いたのかもしれない。
「……起きてるか?」
 再び頷く少女。
「じゃあ、ここはMTの中か?」
 もう一度頷く。
「……………」
 無言でアレスはレナの額を、指でビシッと弾く。
 レナはかくん、と頭を仰け反らせると、すぐに元にもどす。
 赤くなった額に左手を当て、涙目になる。
「…う〜……」
 よほど痛かったらしく、レナは涙目のままアレスを睨んだ。
「いつまでも寝ぼけるな。ほら、シャワーでも浴びて来い」
「何故?」
 首を傾げて問いかけてくるレナに対し、アレスは最初呆れたがすぐに納得した。
――なるほど、まともな知識も与えられてなかったのか。
 実際には違うのだが、大体の意味では当たっている考え。
 とりあえずアレスは、こちらを見上げるレナの頭を撫でながら口を開いた。
「ま、一般常識と言われるものでな。詳しい理屈やらは都市管理局のデータベースでも覗け」
 詳しく説明しなかったのは、朝食の準備の時間のことと、彼自身も、うまく説明できる自信がないからだ。
「…分かった」
 とてとてとバスルームへ向かうレナを見送り、アレスは朝食を作り始めた。
 30分ほどすると、美味そうな匂いが漂ってくる。
「入った」
「ああ…って…おい」
 日常的に気配を殺し、物音一つ立てずに動くレナに気付くのはアレスには不可能だ。
 内心驚きつつもレナへと振り返り、絶句した。
 ぽたぽたと水滴を落としている全裸のレナがいたからだ。
「――そのまま動くなよ」
 火を止め、アレスはバスタオルを持ち出してレナの二の腕をつかみ、ずるずるとバスルームへひきずっていった。
 レナの頭からバスタオルをかぶせて彼女の身体を拭いていく。
「ったく。いいか、出るときにはタオルで身体を拭いてから出てこいよ」
「…分かった」
 素直に答えたレナにバスタオルを預けると、アレスはビシッと彼女に向けて指差した。
「終わったら服着て食事だ。いいな?」
「分かった」
 返事を聞くとドアを閉め、一息つく。
 近くの壁に背中を預けずるずると腰を下ろして頭を振る。
 彼の脳裏には、先程までのレナの姿が焼きついていた。
 今回は耐え切れたが、いつまでも耐えれるをは思えない。
 今度同じ事をされたら己の内の獣性を抑えきれないな、と思っていると。
「…アレス?」
「あ、ああ―すまない。何だ?」
 しばらく呼ばれ続けたらしいと判断したアレスは即座に謝ると顔を上げた。
 そこには、黒色のノースリープの服と、紺色のスラックス姿のレナがいた。
「着替え終わった」
「そうか…あとは盛り付けるだけだから少し待っていろ」
 そういうとアレスはテーブルに二人分の料理を並べる。
 レナはその様子をただ見つめているだけだった。
 ただし、彼女の左腕は幅4cm長さ20cm厚さ2cmほどの長方形状の物体を持っている。
 その長方形状の物体はいくつかの小さな光をともしているため、稼動中だということが分かった。
 長方形の物体の名はALS<エア・レーザー・スクリーン>。この世界では有名で数多く生産された万能携帯端末だ。
 場合によってはALS専用の電子ネットワークのことを指す場合もある。
 おそらく、アイビスシティ都市管理局のデータベースの情報でも閲覧しているのだろう。
「準備完了だ。レナ、朝食だぞ」
 アレスのその言葉に反応してレナがゆっくりとした動作で席につき、箸を持つ。
 こうして、ゆっくりとした朝食の時間が始まった。


 朝食が終わってしばらくした後、レナのALSが空中投影式ウインドウを展開する。
『任務依頼:GFI−トレイン・フェーバー』
 その表示を見たレナがALSを操作するとウインドウにスーツを着た男が映った。
『ああ、出てくれましたか』
 安堵したような顔を浮かべる男の様子をアレスはぼんやりと眺めて無視した。どうやら興味がなかったようだ。
『おや…そちらの方は?』
「私の新しいご主人様?」
 首を傾げながらレナは言った。
 彼女の知っている語彙や知識はかなり少ない上に偏り、場合によっては誤解を招くことを平気で言う。
「おいおい…誰が主人だよ。それよりその男は?」
 額から汗を流しながらアレスは茶色い髪の男にむかって目を向ける。
「GFIユニット開発部総責任者です」
 ジオフロントインダストリー<G.F.I.>ユニット開発部総責任者という地位はGFIの中でも副社長に次ぐぐらいの権力の持ち主だ。
「なるほど。まあ、俺にはは関係ないようだな。席をはずそうか?」
「かまいません。続きを」
『そうですか…いえ、しばらく音沙汰なかったので心配したんですよ。まあ、世間話はそれぐらいにしてお仕事の話です』
 そういうとトレインはレナに対し新しいウインドウを展開させてビルのような建造物を表示した。
『一時間ほど前、アイビスシティのオファットビルをテロリスト共に占拠されました。連中は陸戦用パワードスーツを着用し武器も軍用です。ガードのSCATも手出しできません』
 都市ガード機構が誇る特殊部隊SpecalCounterAtackTeam通称スキャットは軍用の装備を保持している。
 しかし今回の相手は手ごわいらしい。
 トレインは監視カメラから送られたテロリスト達の映像をウインドウに映す。
 重装備型の陸戦特化仕様パワードスーツ。ACの火力に対する防御能力まで有しているタイプだ。
 手にもっているのは12.7mmの対装甲ライフルで装弾数は30発。フルオートとセミオートが選べるタイプの軍用品だ。
 ほかにもロケットランチャーや携帯用の小型対装甲ミサイルおよび対空ミサイル、ACにも通用する超高速徹甲弾頭ランチャーも確認できる。
『諸事情からACやMTを配備できません。まあ、連中も大型兵器は持ち込めないんですが』
 中でも厄介なのが超高速徹甲弾頭ランチャーだ。ACのコアに命中すれば重装甲コアでない限り、コクピットを貫かれてレイヴンが死ぬ。
 そんな相手に、通常の陸戦特化パワードスーツしか所持していないスキャットでは分が悪いらしい。
『ということであなたに依頼をいたします。早急に連中を排除してください。連中はうちのヤバイ情報を持ってます。一人も生きて外へ出さないでください。報酬は35000コーム…難易度はSです』
「…装備がない」
『ああ、そのことですか。大丈夫です。あなたに配達中ですから…届いてから仕事をしてください』
「なら受ける」
 相変わらず抑揚のない声で依頼の受諾をするとトレインは大きく安堵の息を吐いた。
『よかった――貴女に断られたら軍に頼まなければならなかった』
 こういうケースに投入される軍隊といったら連邦政府軍陸戦隊のことだ。
 かの軍隊はL-Unitや支援用の歩兵戦車にて構成され大型兵器の活動できない場所において暗殺・集団戦闘・要人護衛・強襲・強奪などあらゆる戦闘を行う。
 代償として最優先項目が『敵の殲滅』であるために、人質や建物の損害は二の次…というより視野にないのだ。
 L-Unitはそう『調整』されているし、歩兵戦車に至ってはAIのプログラムからその項目は排除されている。
 今回のケースだと下手をすれば機動軍が出張ってくる。
 彼らはさらに過激だ。問答無用でビルに数十発の大型巡航ミサイルで飽和攻撃を仕掛け、周囲の被害など気にせずにビルを粉砕するだろう。
『優先順位は敵の殲滅・建物の被害は最小限・人質の救出の順です。ですが、あなたの『戦闘』を見られた場合、人質は殺してください』
「了解」
 人質など二の次。企業人としての冷徹な面がトレインから見れたが、二人とも平然としている。
 よくあることなのだ。イリーガルな仕事に手を染めれば、こういうことにも慣れてくる。
『では、よろしくお願いいたします』
「……冬月の建造は?」
『まだです。極秘の上、オーバーテクノロジーの塊で…建造率60%程度…貴女の設計図どおりに作ってはいるんですがねぇ…』
「建造が終わったら艤装を」
『主砲などはもう組み込んでますよ…ま、手順道理にやってますからご安心を』
「分かった」
 アレスには意味がよく分からないが何かの船を建造しているらしいということだけは分かった。
「切る」
『分かりました。いい報告をお待ちしております』
 そういうとトレインは笑みを浮かべ、ALSのウインドウを閉じた。
「やれやれ…次から次へと…忙しい日だな」
 レナのALSのウインドウが閉じると同時に今度はアレスのウインドウが開いた。
 件名は『依頼』。明らかに仕事である。
「朝片付いたと思ったら…イリーガルはこれだから面倒だ」
 やれられ、といった風に顔に右手を当てると、送信されたデータを保存し受領のメールを返信する。
「なら、レイヴンをやればいいのでは?」
 不思議そうにレナが口を開いた。
 彼女は先程管理局のデータベースにアクセスするついでにアレスの情報も閲覧していたのだ。
 だから彼の所持資格欄には第一種B類大型機械操縦資格、俗に言うレイヴンライセンスがあることも知っている。
「ACは使いにくい」
 そういうとアレスはコートを羽織る。
 ガレージに預けたD+の修理が終わっていることを確信しながら、アレスは席を立った。
「レナ。お前のカードでも開くようにしておいたから、家を出るときは鍵をかけとけ」
「はい」
 そういうと、アレスはそそくさと家を出て行く。
「………変な人。だけど、興味深い」
 それだけ言うとレナはテーブルの上に置かれた、まだ熱い緑茶をずずっと啜った。


 しばらくして、GFIからの荷物が届いているとガレージ管理責任者兼整備班長のアルバート=ブラウンから連絡がきた。
 どうやらトレインは彼女が今住んでいる家の人間の素性をきちんと理解しているらしかった。
『で、このコンテナはどうすりゃいい?』
「…どこか適当においてください」
『つってもなぁ……空いてるのはアレスの野郎の隣ぐらいだ。そこに放り込んでおくぞ』
「感謝します。支払いはあとで」
 ALSのウインドウを閉じ、そこら辺に置いてあったハンドガンと予備弾倉、HVTナイフを手にとってしまうと玄関のほうへ向かっていく。
 ドアを開け、壁にある端末のスリットにカードを通してドアをロックする。
 都市管理局にアクセスしてシティのマップを表示して道案内をさせながらガレージまで歩き始める。
 アレスの住むアパートから徒歩15分ほどでアルバートの管理するガレージへとたどり着く。
 機械油の匂いと騒音の中で整備員達が走り回り、叫び合う。
 どうやら今日は格納されているMTが派手に戦っていたらしく、あちこちにゆがんだ装甲版や焼きついた電子部品がまとめられている。
 その近くに、新品の部品がパッケージを解かれた状態で置かれ、工具と作業機械がある。
「そこ! 100mmAP弾をライフルにロードしろ!」
 上部整備デッキから身を乗り出すようにしたツナギ姿の男が叫んだ。
 レナは自分に注目している人間がいないことを確認しながら、上部整備デッキを目指して地を蹴った。
 8m程上のデッキ通路に着地し、ツナギ姿の男に向かって歩いていく。
「コンポジット装甲の溶接ごとき、とろとろしてんじゃねえ!」
「申し訳ありません。アルバートさんですね?」
「うおっ!?」
 驚いてアルバートが仰け反り、デッキから落ちそうになる。
 そんな彼に手を差し出し、つかまえると引っ張って支えた。
「すまんな。助かった」
「いえ。先程連絡したレナリアです」
「………お前さんが?」
 アルバートが呆れ半分、驚き半分といった目でレナを見つめた。
 外見十代後半に入ったばかりといった細身の少女にしては、その年代特有のあどけなさなど一欠片も無い。
 というより感情そのものが欠落したような無表情ぶりにアルバートは驚いていた。
 反面、彼女が彼の良く知る人間にそっくりなので同類のような気がしないでもない。
「はい。コンテナはどこに?」
「ああ、9番デッキだ」
 言って、親指でガレージの奥を指差す。
「了解しました。デッキ使用料の支払いは後日でよろしいですか?」
「それでかまわんよ。アレスの野郎の請求の時、一緒に請求書送ってやる」
「感謝します」
 それだけ言うと、レナは一礼をしてアルバートの元から去っていく。
「アレス……犯罪だぞお前…」
 レナの聴覚にアルバートの呟き声が入る。
 声の大きさと距離とこの騒音のことを考えると到底聞こえるモノでは無いが、レナにはきちんと聞こえた。
 もっとも、何が犯罪なのか自体理解できていなかったが。
 ガレージの構造材の一つに白く『9』と書かれているのを見つけ、手摺越しに下の方を見る。
 下には大きめのコンテナが無造作に置かれていた。
 レナはそれを確認すると手摺を飛び越え、重力に引かれるままに落下。音もなく着地してコンテナの前まで移動する。
 正面に電子ロック用の端末があることを確認してALSを接続。
 パスワードとIDを入れると、コンテナのロックは解除されて入り口が開く。
 コンテナの中身は、膨大な数の武器だ。
 その中の武器のいくつかを取り出し、同じく中にあった大き目のバッグに入れ、弾薬と思われる箱なども入れていく。
 最後に分厚い対衝撃シートでくるまれた全長4m程の棒を肩にかけてコンテナを出る。
 コンテナはレナが出たあと自動的に閉まり、ロックがかかってしまった。
 そのままレナはガレージを出ると、そこら辺にあったG.F.I.所有らしき小型トレーラーの荷台に持ってきた荷物を放り込むと運転席に座る。
 トレーラーの識別番号を確かめ、盗難防止システムを解除。運転席の一部に向かってパンチを叩きこんで強化樹脂製の外装を剥がして内部機器を露出させた。
 内部機器に走る電子パーツを眺め、目的の外部接続用のコネクタとALSを直結させてエンジンを始動させる。
「…………あ……」
 運転席の小物入れにエンジン始動用のキーカードを見つけ、レナは小さな声を上げた。
 最初からそれを使えばよかったのだ。
「……」
 相変わらずの無表情だが何処となく恥ずかしがってる雰囲気をしながら、レナはトレーラーを走らせた。


 アイビスシティと一口に言っても非常に広い。
 面積も体積も大きいので、移動にも苦労する。
 トレインが言っていたオファットビルは西側エリア6と区分されたところにある。
 アレスとレナが住んでいるのは東側エリアの8。正反対の方向である。
 高速で移動できるルートを駆使しても約3時間もかかってしまった。
 エリア中央にある高層ビルの一つは慌しさを隠せずにいた。
 都市ガードがビル周辺を取り囲み、封鎖している。
 レナはそんな状況で正面突破を試みるつもりは一切無い。
 数km離れた同じ高さのビルの駐車場にトレーラーを停止させると、荷台から荷物を引っ張り出してから階段を使用して屋上を目指す。
 エレベーターを使用しないであまり使われない階段を使用したのは人目を気にしたからでも、エレベーターを信用していないからでもない。
 ただ単に肩に担いでいる4m程度の棒がエレベーターに入りきらないだけだ。
 屋上に上がると、バッグの中から近接戦闘用の黒い皮製のグローブを取り出して手につける。
 その後、バッグの中に入っていた二種類のライフルらしき銃とその予備弾倉、箱詰めされた弾薬を取り出す。
 箱を開封し、予備弾倉に弾を詰め込むという動作を繰り返しながら、レナはオファットビルの方向を見つめていた。
 最後につや消し黒一色のジャケットを取り出す。裏側には大量の弾倉固定用パウチが取り付けられており、そこに予備弾倉を突っ込んで固定する。
「…………」
 作業を終えてからレナは床に置いておいた全長4mばかりの棒から衝撃吸収用シートを取り払っていく。
 シートを取り払われたそれは全貌を現した。
 長い銃身。無骨なフォルム。大きな銃口。
 おおよそ人間が扱うのは不可能に近い巨大なライフルだった。
『OTO-MK56 56.6mm60口径長砲身電磁加速砲』
 それがこのライフルの正体だった。
 トレインがレナに頼まれて資材をかき集め、レナが製造した電磁レールガンだ。
 長砲身で安定性があり、高効率バッテリーを複数使用しているため長期戦にも耐えうる。
 元は大破壊以前の世界で高速艇や小型艦の艦砲として使用するためにクルップというメーカーがライセンス製造していたらしい。
 明らかに人間サイズの者が扱うような代物ではない。それどころか、遠距離を狙い撃つものではない。
 狙撃用のスコープがあれば別なのだが、このライフルにはそのような代物は一切無い。
 しかし、レナはそのMk56ライフルを伏せながら構え、照準を合わせる。
――――距離50327。風速東南東0.322。重力傾斜・誤差修正
 レナの網膜には屋上で警備している男の姿がはっきりと見えている。
 さらに拡大。男の頭部を大写しにして、視界の中央にある十字のサイトを合わせて引き金を引く。
 一瞬銃口と弾道が光り、次の瞬間レナの周囲には爆風が吹き荒れる。
 発射された弾丸はいとも簡単に音速を超えて爆音を響かせる。
 幸い、オファットビル周辺は非常に騒がしいことこの上ないので爆音は内部のものには聞こえなかったらしい。
 電磁レールガンは理論上は弾丸を光速まで加速できる。
 大気中では音速の壁を突破した時に発生する爆音で静かにすることは出来ないが、それを補って有り余る威力と射程と弾速を誇る。
 もっとも、今のところ生身で使用できるのはレナだけだ。
 近年G.F.I.でAC用の武器として実用化の目処が立ち始めているらしいが、ショップに追加されるのはまだまだ後の話だ。
 ちなみに、艦載用の電磁滑空砲とは呼び方こそ同じだがあらゆる面で性能は上である。
 Mk56ライフルの銃口を上に向けたままレナは屋上周辺を索敵する。
――――目標の破壊を確認。評価A++ 索敵系強化 身体活動モード変更。第4種戦闘モードへ移行。
 レナは侵入経路の確保に成功したと判断するやMk56ライフルを床に置き、代わりに二つのライフルをベルトを使って肩に担ぐとビルを飛び降りた。
 地上60階建てのビルから飛び降りるという明らかに非常識な行動をとりつつも、目線は下へと向いている。
 凄まじい速さで地面が近づき、着地。
 着地時の衝撃を逃がしながらオファットビルへと一直線に走る。
「っ!」
 途中、横断しようとした車に接触しかけるが何とか回避して加速する。
 時速120kmまで加速するとそれ以上の加速はしない……というより出来ない。現在の彼女の走行速度は最大で120km/hが限界なのだ。
 とはいえ、周囲の人間から見れば走っている人を録画したテープを3倍速以上で再生してみているようなものだ。
 瞬く間に道路を駆け抜け、目的のビル手前まで接近する。
 近くのビルへ向けて大きく跳躍。
 壁の僅かな凹凸へ足を乗せて跳躍を繰り返す。
 目撃者はいないようだ。というより、最初から彼女を見るつもりでなければ通常の人間の動体視力では追いきれない。
 レナは今駆け上っているビルの屋上を見つめ、勢いをつけて屋上の床を蹴って30m程離れているオファットビルの外壁にたどり着く。
 あとは屋上まで先程と同じように跳躍を繰り返すだけだ。
 突然視界が空だけになる。屋上にたどり着いたらしい。
 屋上を見回し、見張り役の死体を目立たないところに隠してから非常階段の入り口を見つけて下りてゆく。
「……ジャミング?」
 レナの特殊強化されている視覚には様々な光を見ることが出来る上、感覚器が人間が五つなのに対し、レナの場合は優にその倍以上ある。
 人間の聴覚・嗅覚・味覚・触覚以外の感覚器から得られた情報は統合されて視覚の一部として脳に認識される。
 そのうちのいくつかの情報を分析すると、どうやら長波・短波・超短波・極超短波の電波が妨害されているらしい。
 かなり高度な電波妨害装置だ。
 周辺の熱源などを索敵しながら人質がいるパーティラウンジを目指す。ビルの構造は管理局からこっそりと設計図を入手しているので分かる。
 レナは持っているライフルの内の一つを左手に持ち、50階へと続く階段で足をとめた。
「二人……いえ、三人」
 壁越しに赤外線などの情報を読み取り、多数いる人間の中から銃器を携帯している人間の数を確かめる。
 内部で人質を監視する人間がいるだけで、出入り口に見張りはいない。
 ドアの前まできて、迷わず発砲。
 ドドドドドド、と通常のライフルの発砲音とは違う重低音を響かせて、ライフル弾はドアを貫通して見張り役の敵兵に命中する。
 周囲の音量が一気に増加。
 突然の銃声と、頭部と心臓を撃ち抜かれた三つの死体が出来上がったことによって人質がパニックに陥ったのだ。
 だが、レナはそれにかまわずにドアを封鎖して内外からは機材を持ちいらないことにはあけることの出来なくする。
 これで少なくとも、人質が勝手に出回ることは無い。
『何だ今の銃声は!?』
『上だ! 急げ!』
 階段とエレベーターから敵が上がってくる。
 どちらと戦うべきかと数瞬迷い、エレベーターのドアをこじ開ける。
 レナはごそごそとジャケットから円筒形の物体を一つ取り出し、上部についているピンを口にくわえて抜き、下へと落とす。
 結果を確認せずに階段へと向かいながら自動小銃を構える。
「動くな!」
 階段から飛び出した男が銃を構え、レナに向かって叫ぶ。
「嫌」
 男が銃の引き金を引くよりも早く、大きな爆発音と共にビルがゆれる。
 エレベーターシャフトで彼女が投げた手榴弾が爆発したのだ。
「うおっ?!」
 その揺れで体勢を崩した男に向かって、レナは持っていた自動小銃の引き金を引いた。
 発射された8.89mm弾―明らかに通常の自動小銃よりも大口径―は男の頭に命中すると頭を貫通して壁にめり込む。
 8.89mm自動小銃。通称は89式小銃と呼ばれ軍の特殊部隊用として配備されている銃で、よほどの高性能な防弾装甲服を着用していない限り相手の体を貫通する。
 男が殺されたのを見たのか階段から男が自動小銃を乱射しながら飛び出してくる。
 レナは照準が自分に合わされる前にその男を射殺して階段へと向かい、そのまま階段を下りていく。
 既に周囲に敵はいないことは確認済みだ。
 今の二人と、エレベーターに乗っていた四人だけが50階に差し向けられたのであり、残りはいまだに下に集合している。
『おい。どうなった!? 銃声の理由はなんだ!』
 男の通信機がやかましく喋り出すがそれは無視して階段を下りる。
 半分ほど降りた頃だろうか、多数の生命反応と人の声が聞こえ始めたのは。
 足を止め、周囲を見回すとさらに3階下に多くの『敵』が集まっている。
 レナはこのビルの構造を思い出しながら階段を降り、視界に入った人間に迷わず発砲しながら階段を駆け下りる。
「敵だ!」
 誰かがそう叫び、階段側へと銃口が並べられる。
 それを認識しながらレナは階段から各階へはL字型の一本道といっていいので、踊り場の壁に隠れながら自動小銃だけを出し引き金を引き続ける。
 黄金色の薬莢がばらばらと通路側に排出され、銃声が止まる。
 弾切れだ。
 それを見てチャンスと見たのか、敵側から飛んでくる銃弾の量が増加する。
 レナは自動小銃を持っている方の左腕で器用に弾倉を取り外し、右腕でジャケットから予備弾倉を取り出して交換する。
 銃の上部にあるレバーを引いて、初弾をチェンバーに送り込んで射撃可能にする。
 今度は銃だけではなく、顔も出して射撃を開始する。
 多数の銃弾を浴びてぼろぼろになりつつある壁から最小限に身体を出して、精密射撃を開始する。
 ばたばたと倒れていく敵を見つめながら、こまめに壁に隠れて弾倉を交換する。
 何せ自動小銃は連続で弾丸を発射できるが、引き金を引き続ければものの数秒で弾倉内の弾がなくなるのだから。
 だいぶ敵が減った頃に、自動小銃の弾が切れた。予備の弾ももう無い。
「くそっ。おい! パワードスーツを呼べ!」
 通路の奥から男の声が聞こえてくる。
 次の瞬間、その男は胴体に大穴を開けて地面に倒れこんだ。
「ひぃぃっ!」
 その光景を間近に見た男が腰を抜かして床に倒れこむ。
 いくら大口径のライフルといえども、直径30cmもの大穴を前後平均的に開けられたりなどしない。
 男を死に追いやったのは、アサルトショットガンだ。
 ただし、使われている12ゲージショットシェルは市販されているものではない。
 フレシェットシェルという名前の、非常に細長い針を12ゲージシェル内部に4000本も並べたシェルだ。
 その針はACの装甲材質や超音速徹甲弾芯に使われているミスリル金属で作られており、ありとあらゆる防弾装備を貫通して人間を死に至らしめる。
 もともとはニードルガンをショットシェルとして上手に使用できないかという発想から生まれ、命中した場所の肉を抉りとる極悪兵器だ。
 特徴として、50mで直径30cmという収束率を誇っているところが特徴だ。
 騒然となる通路へ二つほど手榴弾が投げ込まれて爆発し、残る人間のほとんどが飛び散った破片を浴びて死んでいく。
「……終わった?」
「く…くそ……」
 煙が充満する通路をレナが覗き込み、それを見つけてしまった。
 致命傷を負った男が円筒形の筒をレナのほうへと構え、そこから白煙が立ち上がったのだ。
 超高速徹甲弾頭ランチャーだ。対AC用に配備されていたらしい。
 かろうじて回避したが、弾は壁にぶつかり派手な爆発を起こす。
 どうやら不良品で遅延信管に問題があったらしく、物にぶつかった瞬間に爆発した。
 爆風と建築材の破片に吹き飛ばされレナの身体が中を舞う。
 衝撃でレナは意識を失い、次に気がついた時には階段から離れた通路に転がっていた。
「…痛い」
 起き上がろうとして鋭い痛みが右足に走り、そちらの方へと目を向けると派手な傷が出来上がっていた。
 金属部品らしきものが右の大腿部に突き刺さって床に縫いつけられているのだ。
「くっ…」
 痛みを我慢しつつ金属部品を引き抜き、そこら辺にある死体の服を利用して止血し、ベルトと丈夫そうなもので添え木をして立ち上がる。
 装備の確認をしようとして……やめた。持っていたアサルトショットガンは真ん中から折れ曲がっていた。
 これでは到底使えそうに無い。あきらめてアサルトショットガンを放り投げると、階段のほうへと目を向ける。
 階段は完全に埋まっている。何か派手なもので吹き飛ばさないといけない。
 そこでレナが注目したのは、そこらじゅうに転がっているロケットランチャーだ。
 そのうちのなるべく壊れていなさそうな代物を構えて、暴発の危険性を考えながら発射。
 白煙を引きながら階段をふさいでいる瓦礫へと向かっていく小型のロケット弾を見つめながら、反射的に衝撃に備える。
 爆発。
 階段をふさいでいた瓦礫を吹き飛ばし、通路に爆風が吹く。
 それを見つめながら、レナはジャケットから拳銃を引き抜いた。
 G.F.I.製で凹状の弾倉を持つ45口径の自動拳銃。GFI-Mk80Custom『インフィニティ』と呼ばれるセミ・フルオートマティック拳銃だ。
 そして今のレナが持つ、最後の飛び道具だ。
 壊れかかった階段を慎重に降りていく。崩れたりなどされたらたまらない。
 これだけ派手に騒いだのだから残りの敵も警戒しているだろう。
 そう考えたレナは、己の感覚を総動員してさらなる索敵系の強化を行った。
 数分して結果を元に頭の中で敵位置をビルの設計図と共に照らし合わせて確認する。
 どうやら残りの敵はほとんどが陸戦用のパワードスーツを身につけて一階のエントランスホールにいるらしい。
 12.7mm対装甲ライフルと7.62mmチェーンガン、高振動ブレードを標準装備し35mm以下の重火器に耐える装甲を纏った強化戦闘装備だ。
 各種電子装備も搭載しており正面からやりあうにはやや厳しい。というより人間が相手に出来る範疇を超えている。
 それでもレナは階段を降り続け、2Fと表示されたところで降りるのをやめる。
 そのまま下に注目しながら二階を歩き回り、下に分布する敵の中心で止まると大きく深呼吸した。
「はっ!」
 右の拳を振り上げ床へと叩きつける。
 衝撃と共に床が大穴を開けて瓦礫がレナもろとも一階に降り注ぐ。
 腰に固定してあった超振動ナイフ<HVTナイフ>を引き抜き、真下にいた不運な敵の首元へHVTナイフを叩き込むようにして刺す。
 そのまま腕力で強引に押し下げると、火花と血液をばら撒きながらパワードスーツを着込んだ敵が切り裂かれて倒れた。
「敵かっ!?」
 粉塵の中、赤外線探知でもしているらしく銃弾がレナの周囲に降り注ぎ火花が飛び散る。
「……っ!」
 それに顔を歪ませながらレナは左手に持ったインフィニティを構え、引き金を引く。
 先程まで使用していたライフルや、敵から聞こえてくる発砲音よりも軽く軽快な音が連続して響いた。
 パワードスーツの装甲に対しては非力でしかない銃弾は、予想を裏切って装甲を貫通し内部にいる着用者を貫いていく。
 レナが放ったのはインフィニティ専用の超高速徹甲貫通弾と呼ばれるタイプのもので、軽戦車や装甲車などの装甲も貫ける代物だ。
 残弾のことにはかまわず、フルオートで銃弾を放ちながら目に付いた敵の方向へ銃口を向ける。
 あっという間に弾倉内の50発を撃ち尽くし、インフィニティをジャケットの中にしまいこむとレナは右手に持っていたナイフを左手に持ち替え、敵に向かって突撃していった。
「なめるなガキが!!」
 正面にいる敵が12.7mm対装甲ライフルを発砲するが、それはレナに着弾する前に火花となって消えていく。
「なっ!?」
 理解できない現象に直面した男はそれでもライフルを撃ち続けるがそのことごとくが彼女の身体に命中するよりも前に火花となって消えていく。
 そのままレナがナイフを男の心臓部へと突き刺し、ぐるりと抉りつつ引き抜き、次の敵にむかって突撃を開始。
 しかし、激しい抵抗にあって突撃を断念し、柱を盾にして様子をうかがう。
 銃弾が建造材を削り取っていき、段々と柱の原型が失われていく。
「何か使えるものは?」
 ジャケットに手を這わせるが、中にあったのはインフィニティの予備弾倉一つと手榴弾が三つだけ。
 しかも予備弾倉は対人用の軟弾頭しかロードされていない。
「くっ」
 もう盾として使えなくなった柱から飛び出し、手榴弾のピンを抜いて床に転がす。
 爆発と共に腕で頭部をかばう敵に向かって跳躍。
 押し倒しつつ首にナイフをつきたてて命を刈り取ると次の敵に向かおうとし―――――そこまでだった。
 次の瞬間後ろから7.62mm弾が数発レナの肩や脚、そして腹部と胸部を貫き、彼女は吐血しながら床に倒れた。
「まったくてこずらせやがってこのガキが」
 レナを撃ち抜いたであろうパワードスーツ姿の男が彼女の首を掴みながら持ち上げる。
「あーあ、こりゃ助からねぇな。肝臓と肺を撃ち抜かれてら」
 持ち上げたレナの傷口を観察しながら男は言う。
 その周囲には生き残りの敵が集まり始めていた。
「おい。今ここで脳味噌ぶち抜かれるのと、苦しんで死ぬの、どちらがいい?」
 男がニヤニヤと笑いながらレナへと問い掛ける。
 彼女はその言葉に、引きつった笑みを浮かべて言った。
「道連れにして死ぬ」
「っのガキ! つけあがりやがって!!!」
 男が激昂してレナへと銃口を向け、レナは動く腕で男の首元へ手刀をつきたてようとし、そのどれよりも早く別の男の声が響いた。
『上へ逃げろ!!』
 聞き覚えのある声にレナは反射的に男の手首にナイフをつきたて、拘束から逃れると天井を突き破りながら二階へと跳躍した。
 次の瞬間。
 6連結束銃身80ミリ対AC用ガトリングカノンが火を噴いた。
 やかましい爆音と共にオファットビルのエントランスホールへ80ミリ弾が雨あられと降り注ぐ。
 数秒後に爆音が収まり、代わりにレナの斜め上からMTの腕が現れた。
『遅いから迎えにきたぞ。早く乗れ』
 しばらく呆然としていたレナだが、おずおずとクエス操るMTの手に身体を乗せる。
『乗ったな。では、いくぞ』
 手がレナを包み込み、ビルから引き抜かれる。
 そのままクエス(アレス)はスラスタを使いながら撤退していく。
 すぐにガードが追跡にかかるが、速度差がありすぎて見失ってしまった。



『昨日のオファットビル占拠事件は意外な結果となりました。突如乱入した襲撃者が占拠者を排除…』
 トレインはジオフロントインダストリー本社にある自分の執務室で表示していた情報ウインドウを閉じた。
 ガードが手を出せなかったオファットビル占拠事件は謎の襲撃者によって片付けられることになった。
 この事件での人質の被害者は0。ビルのダメージは大きいものの修復は可能で、テロリストは全員死亡。
 表向きは謎の襲撃者の話題で持ち上がったものの、すぐに単なる事件の一つとして人々の記憶から消え去るだろう。
 真実は闇の中へ葬り去られた。その時点でレナは依頼が成功したといってもいい。
「彼女に感謝しないといけませんね」
 デスクに置いておいたコーヒーカップを手にとり、中身を飲み干すとトレインは呟いた。
 ALSを操作して公共データ・ベース・フレームにある連邦中央銀行へとアクセス。
 レナの口座に『新技術開発協力費』の名目で今回の報酬を振り込む。
 今度彼女がここへアクセスすれば、トレインも知らない口座へと移動されることになるだろう。
「全く、わが社の警備部も不甲斐無い。この際警備員を全員ユニットにでもしましょうかね?」
 送金が完了したのを確認してから接続を終了しつつ、トレインは独り言を言った。
「連中が『主天使達』のアクセスコードを入手したなどと…彼女以外の誰に漏らせますか」
 ドミニオンズ。大破壊以前に静止衛星軌道上へと大量に打ち上げられた多目的軍事衛星のコードだ。
 96基のうち現在でも稼動しているのは約半数の50基。
 その数だけでも、地球上ならば何処へでも即時に攻撃が可能なのだ。
 搭載されているのは超高出力のレーザー砲。一部の衛星は高出力・高収束インパルス砲を装備している。
 地表の照準から照射開始まで0.5秒。着弾地点から半径25〜40kmの地表が昇華するほどの火力。
 多目的というだけあって地表にある建造物の僅かな亀裂<クラック>まで綺麗に見えるほどの高精度の偵察機器を備える。
「大破壊の遺産…アレの使用権は連邦政府と我々五幹部程度というのに」
 それに、G.F.I.ではトレイン以外は知らないがドミニオンズの攻撃は何も地球上だけではないのだ。
 未知の技術で作られた高機動推進ユニットは太陽光さえあれば半永久的に稼動し、それによって姿勢制御を行い他惑星や宇宙空間への砲撃も可能としているのだ。
 それも、2秒に一度の連射を。
「ま、真実は闇の中……が一番ですね。さてとお仕事お仕事」
 それまでとは違う明るい口調でトレインはデスクにおいてある書類に目を通し始めた。


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