第八話「ROUTE 66」




――――――――ゴオォォウン、ゴオォォウン、ゴオォォウン―――――――


フォートガーデンを通り抜け、更に地下へと潜るエレベーターの重低音が聞こえる。ローターにファンの音が入り交じり、途絶えぬ二重奏を続けていた。それは暗い闇と規則的な音、正に青年の嫌いな物だった。深い自問自答に陥らないように自分の意識を今へと向け、不知火の機体の確認をする。傷ついた装甲を取り替え、関節の状態も完璧であった。装備武器はマシンガンと近接戦闘用の最高出力のブレード。今回の任務に備えて頭部に特殊装備である生体センサー機能を搭載した。弾数が多くてサイトの広い、使い勝手の良いマシンガンならおおかたの任務は乗り切ることが出来る。アーマード・コアの装備としてはオーソドックスなWG-MG500タイプのサブ・マシンガンは、不知火の機動力を生かすには打ってつけの武装であると言えるだろう。謎の破壊者に蹴り飛ばされたときのコアの凹みも戻したし、何よりも全てにおけるパーツ同士のバランスが素晴らしかった。これ以上望めないほどのアライアントが取ってあるのだ。ほとんど手作業用の原始的な工具しか使っていないと言うのに………やはりスビィトロガイノフの老人の腕は確かなのだ。
あのMT乗り達も彼の整備を受けてみれば考えが変わると思うのだが。
エレベーターの金網からは下から上へと昇るエレベーター通路の照明が見える。赤色のダイオード・ランプが連続的に流れて滑らかな一条の帯を創り出し、断続的にアーマードコア達に赤みを差させた。
――もうすぐ着くのだ。
世界の中心、クロームの作り上げた世界、経済都市区『セントラル・アイザック』が………。
隣に動くことなく直立しているカワサキの狭霧には見たこともない黒くて細長い銃の様な物が装備されていた。見た感じでは相当古そうな、だがほとんど使い込んでない真新しさがあった。何の武器なのか皆目見当も付かない、とにかくウィルが戦いに参加するより前の年代の物であることは確かである。
「カワサキさん、その武器はなんですか?」
緊張を紛らわすために青年が尋ねた。

……だがカワサキは答えなかった。
辺りの闇が消え去り、巨大な光が降り注ぐ。それに気付き顔を上げた戦士達は絶句していたからだ。

………なんと言うことか………これがアイザック・シティ………これが中央都市………

――――異様――――
初めて視たときに思われた感情は現実味のない、気分が悪くなるとも言えるような不響感。100メートルを超す高層建築が地上からだけではなく天井からも伸びている。どちらが上で、どちらが下だかハッキリと区別が着かない。企業用の集光装置からのうっすらとした明かりが上のビル同士の隙間から洩れ、自然光の届かない足下には公共のナトリウムランプの黄金の輝きを中心にネオンの色とりどりの妖しい明かりや白熱電球の意図的な暖かさが灯り、それはまるで観光用にライト・アップされた鍾乳洞のようであった。
幼児の歯のように歪に生え揃う建築群の真ん中にとても大きな黄金の道が敷かれている。巨大なアスファルトの直線がビルの群を貫き、何本もの車線と信号機、人が通る遊歩道、更に鉄道までもが敷いてあった。より細い、と言っても車が六台は通れるであろう市道が、一直線に伸びるナトリウム光の動脈から上下を問わず五番目状に枝分かれをし、毛細血管のように入り組んで張り巡らされ、更にそこから細かく別れたパイプ状の通路が縦横無尽に伸びていた。乳白色の天井にも同じくチューブのように曲がりくねった高速道や、モノレールの路線が見える。人が居ないというのに突き出た、もしくはぶら下がったビルの窓は半導体のロジックを思わせるような不定期的な四角い輝きを発してた。
誰もいないというのにこの都市は眠らずに何千という瞳を開いている。
金の川底に乳色の漏れ日が満たされ、岩とも海草とも着かぬ建造物からは四角い光の泡が漂っていた。

なんと言うことか、光が氾濫している、視覚的不協和音の奏でる緊張感。
……これが世界の中心、経済の要、人類の新たな世界の代表作とは……

物理法則を無視した景観。手負うた傷を癒すために即効性を重視して、唯ただ無秩序な開発を続けた結果、この様な鏡写しの摩天楼を作り上げてしまった。
「これが中央都市………」
『――私も実際に見るのは初めてです。クロームと協定関係にある企業の工場、クロームの下請け会社、公共施設、娯楽・生活品街、アイザック・シティの3割を占める居住者たちの家々。その全てが一つになって密集していると聞きましたが………まさかこれ程の物とは……』
『ああ、凄い、絶景だ……上下にビルが生えているなんて…………こんな都市は初めてだ………だが、なんだか見ていると気分が悪くなるな』
眼がおかしくなるような巨大なビル街にはネオンに枠取られた様々な企業の看板が掲げてある。金融会社エポック・フェミリアル、保険企業のグレート・アフラックス、大手食品メーカーのクランベル社、家電製品を中心にシェアを伸ばしているターレイ社、ケミカル・ダイン系列の市販用薬品企業ダグラス・ダイン。
………この全てがクロームの下請けや協定関係の会社だというのだから………
だが、広いというのに敷き詰められて狭すぎる空間には黒のバックに銀色の『C』を象った印が、何処にもクロームのマークがなかった。
「……クロームのビルが一つも見あたりませんね」
『それはそうですよ』
『クローム本社は中央都市には、セントラル・アイザックにはありませんからね』
ラズーヒンの言葉を聞いて青年は眉をしかめた。
「どういうことですか?」
『クローム本社はアイザック・シティから少し離れた場所に構えています。ノース・アイザックより少し先の方ですかね。ですからアイザック・シティは実質二つに分かれていると言う専門家もいますよ』
『クローム本社区域はテロリストや敵対企業対策から外部から完全に隔離された状態で、中にはいるにはノース・アイザックにあるクローム専用の巨大なゲートから侵入するしかないのです』
『クローム本社の門には常に五十体以上のアーマード・コアが待機しています。これを攻略するのはかなりの苦労でしょうね』

『………もうこれ以上私語は慎め』

エレベーターが停止して赤光の線が元の点に戻っている、カワサキの放った言葉を契機に男達は沈黙した。この金網をあけた向こうには敵の砦が待っているのだ。確かにここを守る最大の戦力たるガードはいない。だがそれで全てが安全になったというわけではない。この異常な、妖しく黄金に輝く石の樹木の密林が警告を告げていた。
『ラズーヒン、中央都市のマップと戦力データは砂塵に入っているか?』
『ハイ、少し前に潜入していた密使が掴んだデータが入っています。
ですが完全に正確とは言い切れませんね』
『ここの戦力はどうなっている?』
『ガードは今退却していますので無人機の編成ですね?………高速機動型ガード・メカが125体、無人航空機が46機、キャタピラ式移動砲台が32門ということになっています、最も正確な測定ではないのでもっと多いかと思いますが………』
全て合わせると303機、こちらの戦力はたったの3機。つまり一人頭101機相手にしなければならないということになる。カワサキの言葉には微塵の戸惑いや焦りという物を感じられない。
これ程の戦力差だというのに何という事は無いというのか?一体どうするつもりなのか?
青年はカワサキの精神構造を疑った。
「……これだけの戦力で……一体どうするつもりなんですかカワサキさん?」

『通り抜ける』
彼は言った。まるで配給食のメニューを決めるかのように唐突に。
「………い、今なんて言いましたか?」
『ここを俺たちで通り抜けると言っている』
青年の体から血の気が引いた。驚愕の表情を浮かべているウィルなど構うことなく男達は続ける。
『スター・ダスト街に通じているリフトで一番近いのは何処だ?』
『………24ブロックのA-5リフトです。中央回廊を真っ直ぐに突き抜けた先の』
『中央回廊には戦力のどれぐらいが割かれていると思うか?』
『シュミレーションでは20〜30%ぐらいですね。後は応援も駆けつけるかと思われますが………
何せ中央都市は広大です。火力ではグレネードキャノン砲を装備した移動型砲台マスタングが一番ですが機動戦闘では無人航空機ウェルキンのフットワークは侮れません』
『……どちらも数が少ないのでほとんどガードメカとの駆け合いとなるでしょうが……十分に注意してください』
『分かった、お前は敵戦力の情報を逐一無線で流してくれ。それとマップデータをこちらにも転送してくれると助かる』
『了解、全員にデータを送信します』
しばらくすると画面の右端に大きな通路を中心に複雑に入り組んだ路面の立体図が表示された。
『各自ジェネレーターのリミッターを解除して冷却液の循環率を最大値に設定しておけ。
………中央回廊を一気に突破するぞ……』
『………どうした小僧?さっさっとしないと置いていくぞ』
青年は言葉もでなかった。ジェームスも答えることなく黙々と作業を続けている。これがベテランという物なのだろうか?たったこれだけであの黄金の道を走り抜けるつもりらしい。明らかに彼らの行為は常識を逸している。ネオンの看板に編隊を組んで飛行する燕のような無人機が重なった。
『気分でも悪いのですか、ウィル?』
ラズーヒンの淡々とした声が虚しく響いた。気分がいいはずがない、正気の沙汰とは思えなかった。
『大丈夫ですよ、これだけの広さで303機の無人機ではとても足り無いぐらいです。それに全ての敵を相手にするというわけではありませんしね』
『………自信がありません……』
『貴方もここに来てもう三年です。相当の訓練を積みましたし、それに貴方の不知火の性能はかなりの物なのですよ。狭霧や有明とは設計構想が根本的に違うのですから…もっと自分を、不知火を信じてください』
ラズーヒンの言葉を聞いて彼は兵士の掟を思い出した。
ストラグルはクロームの支配を破るため、
ストラグル(抗争)するために生み出されたムラクモの影の歯車。
完全なる世界のためには己の命も惜しんではならない。
自分たちは、ストラグルに入った自分は黙ってやるしかないのだ、それと引き替えに力を得たのだから……
生き残るためには、勝つためには――――やるしかないのだ――――。

不知火のエンジンの安全制御を解除して、冷却液の循環圧を最大にする。これならある程度ブースターを吹かし続けてもゲージが底をつく事はないし、速度も普段の倍ほど、不知火なら500q程度のスピードが出せる。だけどその状態はもって2・3分、目的地までブースターを吹かし続けられるかどうかの瀬戸際の時間だ。もしもジェネレーターの熱量限界を超える程の負荷を掛け続けたとしたら、ブースターユニットは吹き飛び、ジェネレーターは炉心融解を起こして不知火は内部から爆発してしまうだろう。
そこに待っているのはただ『死』のみである。
そう、『ただ死ぬだけ』なのだ。
500q以上のスピードを出せば死ぬし、時間をかけすぎても死ぬ、
立ち止まっても集中砲火を浴びて死ぬだろう。そうだ、死ぬだけなのだ。死ぬなど簡単なことなのだ。
命を危険に曝せば曝す程、無の影が濃くなればなるほど彼の心は研ぎ澄まされ、異常な落ち着きを伴った。
………死などは怖くはない。それはもう何年も前から決めていた事じゃないか………
『コースは敵の出現に応じて俺とラズーヒンで指示する。カウントが切れたら同時に少しずつ加速するぞ』『………いいか、少しずつだ。急激に加速してはジェネレーターが持たないし、Gに押し潰されて意識がブラック・アウトしてしまう』
『そうなれば確実に人生のブラック・アウトは免れない』
『編隊を乱さず一列に並んで走行する、もしも散開する必要性が出たらこちらで指示する。散開後は各自ラズーヒンの情報を元にコースを自分で決めろ………右端のマップを良く頭に叩き込んでおけ』
『くれぐれも自分勝手な行動をとるな、いいな?』
『了解だ、カワサキ』
「了解しました」
ジェネレーターが穏やかな音を立てながら回転を始めた。アーマード・コアの心臓が少しづつ暖まっていく。氷点下の不凍液が体の中を血液のように駆けめぐり、アイセンサーに不気味な赤い輝きが灯った。
彼らと異様な摩天楼を遮っていた金網が開き、一直線の金の道が突きつけられた。
この道の先にあるのは、栄光の未来の一歩か永遠の闇かは分からなかった。
『ゲートを開放しました。カウントを開始します』
三機のACがちょうど短距離走のクラウチングスタートのように上体を前に屈ませ、膝を折り曲げる。背中に付いた箱のような出っ張りが地面と水平の高さまで持ち上がり、犬の遠吠えのような悲しげな音を出した。

………10,9、8,7,6,5,4………

覚悟は出来ている。
僕には……やるべき事がある……


…………僕には………父さんと母さんが………

ヴアァァァオオオォォン!!!

三色の巨人の背中から全く同色の青々とした火焔が押し出され、彼らは黄金の道へと消えていった。







時速170q、冷却循環圧65.2、炉内温度641K。
――現在位置:セントラル・アイザック中央都市、中央回廊東方面、ROUTE66――
三体のアーマードコア達が一列に炎を吹き出し、補整された公道を滑っている。足下のローラーからは黄金の道の湿っぽい埃が舞い上がり、その彩りを添えていた単色のナトリウムランプが目も止まらぬ速さで移動し、信号機や標識が空を掠め、舞い上がった埃が黄光に反射して金雲となっていた。
巨大な通路、経済都市セントラル・アイザックの頸動脈、中央回廊。
三体のアーマードコアが横一列に並んでもまだ十分余裕があるほどの広さ。陽炎、狭霧、不知火……純粋なムラクモ・ミレニアム製の巨大人型兵器がクロームの体内へと入り込んだのだ。
ムラクモのACの侵入。この異常事態に都市のセンサーが反応し、街灯の隣にあるスピーカーから避難を知らせる警告音が虚しく響く。もはやここに守るべき人々はいない、守る側の人間すらもいないというのに――高速で移動するACの内部からはそのサイレンはドップラー効果でヴィブラートがかかって聞こえた。無人の市内、だが今のアイザック・シティには人に在らぬ『物達』だけが存在を許されているのだ。それらは創造されたときに与えられた使命を忠実に果たし、彼らの進行の阻止を命を惜しまず試みるだろう。

『――2ブロック方面から無人機の接近を確認!!』

凛としたオペレーターの情報が入った、任務になると彼の態度ほど頼もしい物はない。望遠したバックモニターに数多くの戦闘メカが映し出された。四足の関節のない脚に、大きな目と小さな目の崩れた顔立ち、それはすなわち捕捉レンズに迎撃用の小型ロケット砲の砲門の黒点である。機動性を重視した低い重心と全方向対応車輪によるローラーダッシュ移動が巨人達との相対速度に勝り、こちらへとぐいぐい迫ってくる。
……現在速度196q/時、内部圧セフティ・レベル……まだいける………ウィルはレバーを押し出してバーニアの噴射を強めようとする。しかし、彼の慕う男、ジェームスの力強い声が即座に飛び込んだ。
『ウィル、速度を上げるな!!編隊が乱れる!!』
普段の気さくな彼とは思えない厳しくて鋭い声。これがカワサキと同じく戦ったベテラン戦士、陽炎のジェームスの姿なのだ。
「…だけど……このままじゃ……追いつかれ…ます……」
声がほとんどでない。慣性力による重圧が肺を圧迫して呼吸をするのがやっとの状態であった。
『急加速はジェネレーターに負担をかける!!何とかして背後からの攻撃を回避するんだ!!』
モニターの望遠にハッキリとその姿が現れた。飴色のやや潰れたフォルムの無人機は機体同士が重ならない用にジグザグに並び、静かな音を立てながらその射撃可能距離まで迫ろうとしている。
『高速機動セキュリティガードメカ、イエロークラブ。小型ロケットガンとマイクロミサイルランチャーを装備しています。最高走行速度280q/時、ロケットの推定射程距離まであと135m、接触まで7秒!』
画面を見続ける青年は瞳を凝らして高速で移動する無人機を見た。数にしてだいたい8機ぐらい、不知火そのものは前進しているのに、見るべきモニターの視点は後ろ向きに流れる光や道路の白線を映し出して少し気分が悪くなった。
……6,5,4……迫ってきている……そろそろだ…………
……来た――――無人機達の巨大な穴が一斉に輝いた!!
回避行動開始。彼は即座に操縦桿を傾け、不知火を左へと平行に滑らせる。と、同時に砲門からの攻撃は不知火のいた場所を虚しく掠め、青年の脇腹に蹴りを入れられたような鈍い感触がにじり寄った。
「……クッ……アァ!!」
ロケットは回避して不知火にダメージがなかったが、脇の内蔵に直接負荷がかかり、言いようもない苦痛が訪れた。
『方向を急激に変えるな!!』
カワサキの怒声が無線越しに入る。
『慣性を考慮に入れろ!!今はまだその程度で済むが、お前の細っこい体では音速を超えたら背骨が砕けるぞ!!』
そう言っている間にも背後からロケットの砲撃が降り注ぐのだ。後方から火線が飛び交い流星に追われているような激しさ、スティックを倒してすんでの所で回避するのが精一杯。避ける度に身体の内部が振り回され、胃や腸が引き延ばされて吐き気と腹痛が同時に作用した。
『攻撃のリズムを掴むんだ!!奴らの攻撃は単調そのもの――ウィル、お前になら出来る!!』
隣に並んでいるジェームスやカワサキは全く同時に揺るやかな狐を描きながらアスファルトを滑っている。その間をロケット砲の直線がすり抜け、遠い向こうで爆発していた。まるで敵がわざと狙いを外しているかのような優雅さ、明らかに彼らは無人機の攻撃リズムを見切っている。予測射撃を更に予測して、最も合理的な動きをしているのだ!
『前方から新戦力の接近を確認。同機種のガードメカです』
後方からの攻撃をモニターと勘を頼りに避けながら、走行している不知火達に新たな敵が襲いかかろうとしていた。アーマードコア達の背中の炎が色濃くなり、背景全体の流れが速まり、体がより圧迫されるのを感じた。
――内部炉心温度853K、現在時速247q――
高熱の塊達が高速で駆け抜け、目の前の標識や看板激しく過ぎ去る。それと対照的に遠い向こうの垂れ下がるビル達の消えることのない営みの光は、まるでコマ送りのようにぎこちなく移動しているようだった。この速度、もはや停止は出来ない。遙か彼方、黄金の稜線から全く同質の4足無人機が現れる。豆粒のような存在が逆方向の進行のせいで更に早く巨大化し、無人機特有の冷たい刃のような敵意と化していく。
『来るぞ!!』
最大望遠越しの不細工な顔の隣に付いているコンポ・スピーカーの様な細長い箱が開いた。内部には縦一列に穴が空いており、内部の暗がりに隠れて流線型の破壊の象徴がこちらを見透かしている。無人機達のレンズが前に飛び出て、丸い穴の幅が迫り、こちらまでの距離を凝視しているように見えた。
………マイクロミサイルランチャー!?……ロックオンされているのか!?
彼の思惑は当たっていた。前方から一気に煙が排出され、穴から白いカプセルが飛び出して根本から激しく火を噴出する。レーダーに目にも止まらぬ速さで紫の光点が中心に吸い寄せられる。白煙をなびかせながらミサイルの群が真っ直ぐに迫って来ているのだが――――アーマード・コア達はそのミサイルに向けて向きを変えることなく真っ直ぐに突っ込んだ。下手に動けば体にも機体にも負担がかかる。
並みの判断力では出来ない選択。
そう、彼らは賭に出たのだ。一列に並んだアーマード・コア達の胸から対人用ほどの小規模な機銃が伸びて銃弾を発し、モニターには稜線に吸い込まれていく火花達が映る。コアに搭載された火制管理システムにより自律作動する対ミサイル用迎撃機銃が発動したのだ。横一列の陣形で並んでいるので互いの機銃の打ち損じが他の機体をも守り、弾丸の壁はより堅固で広い範囲に渡った。
彼らは賭に出たのだ、迎撃機銃が全てのミサイルを打ち落とすことに……。
雨粒のような火の玉が小型ミサイルを打ち落としてゆく。だが、不運にも銃弾の壁を突き抜けた三発のミサイルがウィルを捉え、白煙の引く体をこちらへと向けた。
…………避けられない!!……こうなることは予測の内だ、彼は衝撃に備えてレバーを強く握る。

ヴァン!!

しかし、衝撃はこなかった。
その代わりに虫の羽音のような乾いた音が響き、突如として彼の目の前に蛍光色の閃光が掠めた。ミサイル達が閃光にぶつかり、光熱に耐えられずに弾け飛んでいたのだ。狭霧のレーザーブレードの一振りが、マッハ4近くで迫り来るマイクロミサイルをたたき落としたのだった!!
『関節にダメージはないか!!?』
『はい!!』
関節どころか装甲にすら傷ついていなかった。それにしても、ブレードでミサイルを切り裂くとは……。遙か彼方の四足達がもはや楽観できぬ距離まで迫り、後ろからは相変わらずのロケットが降り注ぐ。両方との距離は急激に狭まっている、このままでは挟み撃ちは必死!!
ウィルはマシンガンのサイトを起動させ、長方形の中に高速機械達を捉えようとした。
『ウィル、その距離でのマシンガンは弾が散らばって無駄弾になります!!本当の敵は何処にいるのか考えてください』
「でもこのままじゃあ……挟まれてしまいますよ!!」
ラズーヒンの警告に構うことなく彼は機関銃を目の高さまで持ち上げた。
『………俺に任せろ……』
突然にジェームスの鋭い声が聞こえ、気付いたウィルは咄嗟に右を振り返る。だが、そこにはもはやジェームスが、陽炎がいない。その影は正面から見上げた広告塔のネオンの艶めかしい妖しさを背負って、藍色のスマートな体からバーニアを吹き上げ、文字道理空を舞っていた。陽炎の周りにだけ重力が無いような鮮やかな錯覚に陥る、ジェームスは不知火達から一気にかけ離れ、上空の異様に生え揃うビル林の溢れる光に溶け込んでいた。乳色の空を駆ける異国の妖精のように優雅で優しく地を見下ろし、縞の入った細い腕に握られている大口径のバズーカーをガードメカへとゆっくりと向ける。
『――――爆風に注意しろ!』
垂直に向けられた彼の形見のバズーカーが鈍く炸裂し、ロジックの光の泡の中から、一際大きいあぶくが激しく弾けた。強烈な反動が軽量の陽炎の体をより高みへと突き上げ、真夏のコメットの如き砲弾が編隊の真ん中を走行するメカの上部に降り注ぎ、潰れた体全体を貫通する。弾丸内の炸薬と無人機の燃料との爆発が混ざり合い、爆風の相乗効果を生み出した。

これこそまさに彼の最愛の弟の思い、理想に明け暮れ若くして命を落としたトーマスの想い、何処までも激しく、儚く、美しく、そして少し悲しい全てを貫く強烈な一撃であった!

高速走行で不安定だった前方の無人機達が爆風で一気に蹴散らされ、激しく転がりながら体の形を変えていき、黄金の道には目の前に燃えさかる炎と、黒煙だけが残される。炎と煙を深紅の不知火とダークブルーの狭霧が突き抜け、彼らの脇に藍の影が降り立った。あれ程まで高く滑空していたのに衝撃がないかのように軽やかに地に足を着き、再び背中からバーニアを吹き上げて、もとの横隊陣形に戻っている。
――陽炎、その姿は目にも映らぬ歪むほどの俊足――
だがこれは三次元高速戦闘のほんの一角に過ぎない。ジェームスがこれ程の使い手だったとは………カワサキが認めるわけであった。機動力の高い陽炎の性能をフルに生かした芸術的と言えるまでの戦法に青年は恐怖にすら似た身の震いを覚えた。
『――言っただろう、お前は俺が守るって…』
ジェームス一瞬もとの優しい声になっていた、彼の良く知っている人懐っこい顔をしたあのジェームスに。あれ程のことをして、彼は優しい声を出しているのだ。
いつもならウィルはこの声に安心するのだが、奇妙な緊張感と不快な不安がこみ上げてきた。
さっきまでの彼と一瞬見せたウィルの知っている彼は矛盾することなく同時に存在しているのだろうか?
………レベルが違いすぎる………
青年は押し潰される頭の片隅で感じた。
僕は今、自分の未熟さと戦争に関わる人間の狂気という物を同時に味わっている………
………この二人と僕とのレベルの違いは何だ?一体彼らはどれほどの戦いをこなして、どれほどの傷を受け、どれほどの敵を撃破したというのだろう?幾つの生と死とを人の心の、崩れそうな脆い支柱の天秤に掛けてきたのだろうか?………これ程の腕だというのに……彼らの操っている機体は自分のより性能が低い……
………僕はまだ不知火を生かし切れていない……今の僕が扱っている不知火は生きながらにして死んでいるのも同然なんだ………ごめんよ、不知火……。
現在時速270q、音速の壁まであと70、内部圧力レベル2、
推定残り時間1分50秒………僕たちの加速は止むことはない。

『増援を確認。17ブロック方面からです!!』
再び前からの敵が迫り、初めと全く同じ方法で彼らを挟もうとしている。無人機ならではの単調な戦略であるが、一直線の通路上では十分な効果を持っていた。
『……また挟み撃ちか』
カワサキは舌打ちをしてマップを見た。緑色のポリゴンで表記された中央回廊の現在位置から見て、ここから700m先に行けば別の通路に入ることが出来る。だがその前に前方の無人機と衝突するかも知れない。
――彼の頭のなかに最悪のケースが浮かぶ。
しかしこのまま追いつかれては拉致があかないとも同時に考えた。
―――俺とジェームスなら大丈夫だろうが、あの小僧には荷が重すぎるか………
……全く、世話の焼けるヤツだ………
………この無人機共を足止めするには………リスクが大きいがやってみるしかないな……
『……全員マップを見ろ!!中央回廊を外れて13ストリートにコースを変える』
カワサキの命令が下り、すぐさまモニターの右端のマップに目を移した。
………13ストリート、次の交差点を左だ。道路の白線が止めどなく流れ、動かない信号機が奔っている。これだけの速さで移動しながら果たして未熟な自分に曲がりきることが出来るだろうか?
考える暇すらなく後ろから敵が追いつめ、前からも敵が追いつめる。
ブーストダッシュでは700mなどあっという間、もはやT字の交差点は目の前だった。
『いくぞ!!遠心力に耐えろ、首を曲げるな!!』
――――左へ――――
体ごと押し倒し、操縦桿に体重をかける。三体のACが一列に並んだまま緩やかなカーブを描き、巨大な通路の枝分かれへと方向を変えていっているのだ。コクピット内部には水平の重圧がかかり、体そのものがプレッサーで押し潰されるような感覚がし、鼓膜が圧迫されてガラスを擦るような耳鳴りが聞こえた。
………走行中に掛かる慣性がこれ程までにきついとは………首が、首が力に耐えきれず曲がりそうだ。だが逆らわなければならない、一瞬でも流れに気を許せば首の骨が折れる………。
摩擦の火花と積もったアスファルトの粉塵が交差点に溢れる。鋼鉄の巨人達は見事に黄金の道を曲がり込み、路地へと滑り込んだ。後を追っていた四足の無人機と無人機が、小さなレンズに映っていた侵入者達を見失い、数が多すぎる故に止まることすら許されず、最高速度で反対側から来た同機と正面から激しくぶつかり合って炎上する。ウィル達は遙か後方で火炎が猛狂い、激突した水道管から水が噴き出す音を聞いた。

『………やった、やりましたね!!』
青年は思わず歓喜の声をあげた。黄金の道を外れ、入り組んだ地形へと入り込んでいる。頭上からは巨大なオフィスビルの蓋が被さり、押し潰されるような天井が外敵から身を守ってくれているような気がした。
………取りあえずひと安心と言うところか…………………………………………ン?
………ィ…………………ィ………ィ……ン………………………何か聞こえるのか?
――――ィィィイイイン――
なんだ、この音は?空耳か?
――――ィィィイイイイン――――
違う、何かが迫っている。

ガガガガガガガ!!!

突如にコクピットが揺れ動き、モニターにノイズが入って一瞬画面がちらつく。敵がいるはずもない上空から攻撃されたというのだろうか?灰色の垂れ下がった空から燕たちが現れ、一斉に地に向けて機銃を散らばめていた。狭霧と陽炎は即座に道の端へと滑り、ただ一人残された不知火が全ての玉を喰らったのだ。
『油断するなと言ったろ!!敵は地上だけにいるわけではない、無人航空機の機動力を侮るからだ!!』
さっきまでレーダーには何も映っていなかったと言うのに、いったんすれすれまで下がった無人機が後尾のノズルを垂直に傾け、驚くべき速さで天へと消えていく。レーダーの点が弱々しく色を失っていった。
『ウィル、油断は禁物です!!6ブロック方面から無人航空機が引き返し、26,34,58,ブロックのガードメカ達も移動を開始しました!!』
ラズーヒンの情報が響いた。わざわざコースを変えたというのに全く事態は好転していない。細く入り組んだ横路地から遠くからのロケット弾が交錯し、突き立てられた剣から走って逃げまどうようにスピードを上げて弾丸が到達する前に横切る。更に背後の中央回廊から20機を越す四足無人機が静かに追跡する。時間をかければかけるほど戦力が増強され、不利になっていくようだった。
『――航空機が引き返します!!』
速い!!地を這いずる兵器には不可能な機動力。パイロットがいないため、Gを無視した恐るべき速さで、レーダーに映し出された。燕たちの下腹に付けられた熱感知自動銃が高速、高圧、高熱の巨大兵器の心臓をを見逃すはずがない。
『銃撃が来るぞ!!回避しろ!!』
三機のアーマード・コアは道の端に平行移動し、産業ビルの影に入り込む。鉛の雹がアスファルトを弾いき火の雫を掻き立て、隣のビルのガラスが粉々に砕けて霧散する。ウィルは過ぎ去る飛燕を即座にサブ・マシンガンでロックオンするが、ほんの1秒もしない内にそれらはレンジの外へ外れていた。マシンガンの射程距離の短さはこういう時には煩わしく思えるものだ。







「46ブロックから増援!!」
ラズーヒンは叫んだ。地上の廃墟の中に佇む砂塵のメインルームには巨大な略地図と友軍機の三連点、溢れかえる蟻のような敵機の光点が、ワサワサと入り組んだ通路を通っている。三つに区分された画面には三体のACの状況と、簡易的なパイロットのメンタル状態が表記されていた。
現在速度300q/時、内部圧力レベル3、炉心温度1254K、ジェネレーター危険度イエロー、推定残り時刻1分13秒。楽観できる数値ではない。パイロットの体も、特にウィルにはかなりの負担が掛かっている。Gの所為で血液の循環も良くないし、ノル・アドレナリンも放出されっぱなしであった。
………時間をかけすぎてはいけない………直感的に彼は思った、このままでは少しまずいかも知れ無いと。こんな時に私は傍観しているだけなのだ。仲間に助けを乞われても何も出来ない、死にかかっても助けることなど出来ない。断末魔の人々は、声を求め、救いを求め、皆私の名を呼んだ。だが私には救えなかった、救うという行為すらなす事は出来ないのだ。レーダーを見て、情報を送るだけの存在は時に実戦で戦うパイロットよりも辛い。人の心を持つにはこの役目は辛すぎる。これは臆病者にしか出来ぬ蛮行なのだ。私は11機械化特殊部隊のオペレーターだ。鉄の仮面を付け、体の血を凍らせていてもこの職務をやり遂げ、出来る限りでこの仲間達を守りたい――いや違う。守る資格なんて無い。ただ………誰かが死ぬたびに私の鉄の仮面は厚くなるのだ。痛みを感じないほど鋭い針が私の中に残った柔らかさを突き刺していく。
電光掲示板の画面に三列に並んだ仲間達が曲がりくねりながら、鼬ごっこをしている。彼らの進むべき道に一列に並んだ敵が待ちかまえている。他の光点は目まぐるしく行動しているというのに、それだけはどっしりと不動のままだった。
…………まずい!!これは…………無限軌道型砲台マスタング!!――待ちかまえている!!
仲間達が危機にさらされている。彼は、一瞬鉄の仮面を剥ぎ取り大きな声で叫んだ。

『移動砲台が待ちかまえています!!速く逃げてください!!』と。












〜作者から〜
いかがでしたでしょうか?
これが僕の現在の戦闘描写の限界です。より高みへ、より緊迫感を求めているのですが………。
本当いうとこの中央回廊の戦いは1話で片付けたかったのですが。これ以上のばすとだれますので。しかし今までいろいろな人がアーマード・コアの小説でアイザック・シティを書いているので、僕の作品ももはや二番煎じもいいところですね。ですから今回は生活空間としてではなく、戦闘フィールドとしてのアイザック・シティに務めました。ともあれ戦闘の描写はいかがでしょうか?意見をいただければそれに合わせて変えていきたいです。例えば表現を簡潔にした方がいいとか、描写が細かすぎてスピード感が死んでいる。ということなど気付いた点をいろいろ言ってもらえますと参考になって助かります。


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