「くそっ、何だってんだ!出せ、出しやがれっ!……くそっ!」
部屋の扉を怒りに任せて殴った翔一は、拳に響いた苦痛に顔を歪める。
部屋といってもここは普通の部屋ではなかった。
狭い上に何も無い。
ここが、誰かを閉じ込めておくための部屋だと知らなければ、その理由を納得することはできないであろう。
また、ベッドもトイレも無いことから、この部屋が一時的に誰かを拘束するためのものであることがわかる。
希望はここにはいない。
ルミナス・レイとの戦闘後、ガレージに戻った2人はいきなり引き離され、翔一はこの独房へ、希望は別の場所へ連れて行かれてしまったのだ。
頼みの綱の洋司の姿も見当たらなかった。
「あーもう、どうなってんだよ!」
当たり前だが、それに答える声は返ってこない。
「委員長はどうしたかな…」
第2話「遺言」
その頃希望は、一人の女性と対面していた。
その女性とは、シスター・ヘレナと呼ばれていた、あの人物である。
シスターとは、教皇府のエージェントの称号だ。男ならブラザー、女ならシスター。
つまりこの女性は教皇府のエージェントなのである。
「私が何をしたって言うのよ!なんでこんな事になっちゃったの!?」
希望の左右には十字架のバッジをつけた制服の男2人がいた。
「私(わたくし)の名はシスター・ヘレナ。あなたにも分かると思うけど教皇府のものですわ」
「教皇府…」
「そしてあなたの名前は華僑希望、16歳。両親は不明、ハイスクールの寮で生活している…間違いはないかしら?」
「っ!なんで、私の事…」
「悪いと思ったのだけど、色々と調べさせてもらったの。ごめんなさいね」
そう言って微笑むヘレナ。一見すると、人当たりのよい普通のお姉さんという印象しか受けない。
「実は、あなたに少し頼みたいことがあったの」
まるでおつかいに行って来て欲しいとでも言うような気軽さだ。
「頼みたいこと?」
頼みごとと聞くと断れないのが彼女の性である。根っからの委員長体質だった。
「そう。これはあなたにしかできないことなの」
「私にしかできないこと?」
「ええ。あなたは、隠されていたACを見つけて、しかもシュミレーションも無しでそれを動かしたそうじゃない」
「それは…」
あの時は無我夢中だった。それに、シュミレーションは確かに受けたことはないが、あのACに乗ったとき、彼女はおかしな感覚に囚われたのだ。
自分は知っている。
このACは。
ヘレナは希望が俯いてしまったのを見て、両手を彼女の双肩に添えて、優しく言った。
「あのACは、特別な人にしか動かせない。それができるあなたは”特別”なの。その力を、私たちに貸して欲しいのよ」
「私が特別?私は普通の高校生で…」
「いいえ、違うわ。あなたがあのACに乗るのは、決められていたことなのよ。あなたには特別な運命があるの。わかる?」
「……さっぱり」
憮然とした表情で希望は言った。
彼女は運命とか特別とか、そういうのが嫌いだったからだ。
もし運命とやらがあらかじめ決まっているのなら、たとえ常日頃どんなに頑張って生きていても、無意味だからである。
「今はそれでいいわ。でも、覚えておいて。あなたの力があれば世界は救えるのよ」
「世界が救える…?」
希望には現実味のない話だった。
自分に世界が救える?
まさかこの人は、自分に救世主にでもなれというのだろうか。
「ええ、そうよ。そして私達は世界を救おうとしているの」
「なんだか、現実味の沸かない話なんですけど…」
希望の言葉に、ヘレナは一瞬きょとんとし、数秒後にくすくすと笑いを漏らした。
「確かにそうかもしれないわね。でも、本当の事なのよ。どうする?」
「それより、巫護君はどうしたの?」
「彼には先に帰ってもらったわ」
そういうヘレナは、嘘を言っているようには見えなかった。
「どう?私たちに力を貸してくれる?」
だが希望は、理性的にではなく直感的に嘘を見抜いた。
「……いいわ」
希望は結局首を縦に振った。だがそれは、隙を見て逃げ出す為の同意であった。
一方、翔一。
彼は声を出すのも疲れて、憮然とした表情で独房の床に座りこんでいた。
その時。
銃声が響き渡り、誰かの倒れるどさっ、という音がした。
そして独房の扉が開く。そこにいたのは洋司だった。
「おっさん?」
翔一はさすがに驚いた。
現われた洋司はマシンガンで武装していたからだ。
「話は後だ、翔一。華僑君を助けて、早くここを出るぞ!」
翔一が独房から出ると、そこには2人の男が倒れていた。
赤い水溜まりがラボの無機質な床に広がっている。
「死んでるのか…!?」
「いいから、急げ!」
「おっさんが殺したのかよ!?」
「おまえも死体になるところだったんだぞ!」
洋司が怒鳴った。
翔一は体を強張らせる。
今まで翔一は、人のいいこの叔父が怒鳴ったのを見たことがなかった。
「いいか、お前はここで死んではいけない。お前が死んだら誰が華僑君を守るんだ!?」
「俺が委員長を守る?」
「巫護家の人間は、代々使命を負っている…翔一にそれを話す前に、兄さんと義姉さん…翔一のお父さんとお母さんは事故で亡くなってしまった。私は巫護家の使命など信じてはいなかったが…」
洋司は絶望とも取れる表情でつぶやいた。
「現に巫女は翔一の前に現れた」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
翔一が洋司の話を遮る。
「巫女って…確かインフィニティア系列のACを動かせる人のことだろ?……まさか、委員長が巫女だったって言うのかよ?」
「そうだ」
「じゃあ、委員長が乗ってたあのACは…」
「インフィバスター。インフィニティア・バスターに最新技術を盛り込んだACだ。華僑君は封印されていたそのACを感じ取り、しかもそれを動かした…間違いない。彼女は巫女だ」
「委員長が巫女…」
「そして巫護家の人間の使命とは、自らの命に代えても巫女を護ること。翔一、お前は華僑君を…巫女を護らなければならない」
だがそこまで言って叔父はふっと笑った。
「しかし、私は使命になど縛られなくてもいいと思っている。お前のやりたいようにするがいい。私は自由に翔一を育ててきたつもりだ」
「……おっさん…」
翔一は洋司の穏やかな笑みを見て、まるで卒業する生徒のような感覚にとらわれていた。
だがそれも一瞬で砕かれた。
どすっ、という鈍い音。翔一は目の前の出来事を信じられずに呆然としていた。
洋司の胸から手が生えていた。
「そう、あなたは巫護家の人間だったのね」
「ぐ…ぐあっ…」
洋司の体が糸の切れた人形のように力なく床に崩れ落ちる。
そしてその背後から姿を見せたのはシスター・ヘレナだった。
「よりによって巫護家。偶然とはおもえませんね」
彼女は鬱陶しそうに手についた血を払う。
殺される。
翔一はとっさにそう思った。
「まあ…いいでしょう」
彼女はいつものように慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、翔一を見据えた。
翔一は一歩後ずさる。
ここで死んだら誰が彼女を護る?
さっきまで話していた、今は冷たくなって彼の足元に転がっている叔父の言葉が頭によぎる。
ヘレナはゆっくりと歩み寄ってくる。
救いの手は、意外なところから差し伸べられた。
「伏せろ」
その声は救い主としてはあまりにも無愛想で単刀直入だったが。
翔一が考えるより早く、彼の体が動いた。
次の瞬間立て続けに銃声が響く。
ぱん、ぱんという軽い音と共にヘレナの体ががく、がくとのけぞった。
15発の銃声の後、ヘレナはそのまま倒れ、動かなくなる。
翔一は恐る恐る立ち上がり、その銃声の主を見た。
まだ少年だ。
おそらく翔一や希望と同じくらいだろう。
だが、その身に纏う雰囲気は2人とは明らかに違っていた。
常に戦場に身を置いているものの目だ。
翔一はとっさに直感した。
ルミナス・レイを強奪したのはこいつだ。
だが…なぜ自分を助けてくれたのだ?
彼は無表情で弾装を交換している。無くなったから換える、というごく自然な動作だった。
「な、なあ…」
翔一が声をかける。それに返ってきたのは、銃口だった。
少年は無表情で、翔一に銃口を向けている。
「巫女はどこにいる」
「……聞いてどうするんだよ」
翔一は少しムカッと来たのか、憮然とした表情で言った。
だがそれに対する返答はあくまで事務的だった。
「俺の任務は巫女の保護だ。繰り返す、巫女はどこにいる?」
「そんなの俺だって知らねえよ!」
ならば死ね、という返答が帰ってくる事も考えたが、次から次へと日常を越えた出来事ばかりが起こったせいで、彼は完全にイライラしていた。
「……お前は先ほどラー・ミリオンに乗っていたな。パイロットなのか?」
少年は相変わらず抑揚のない声でそう聞いてきた。
「違うよ。たまにACに乗せてもらってたけどな」
「お前は巫女と知り合いなのか?」
「…ああ。うちのクラスの委員長だ」
少年が怪訝そうな表情をする。委員長というのが何なのか分からなかったらしい。
「委員長とは、何だ?階級か?」
「は?いや、階級って…」
「委員長というからには、多分委員というものを束ねているのだな。まあいい。それより、お前は巫女と知り合いなのか?」
「ああ、そうなるな。後俺はお前じゃない。翔一だ」
「了解した」
そう言って少年は洋司の遺体から銃を拾い、翔一に渡した。
「……なんだよ、これ」
「拳銃だ。見て分からないのか」
「分かるよ!何で俺に拳銃なんか渡すんだよ!」
少年は翔一が何を喚いているのか分からないらしい。
「もちろん護身の為だ。自分の身は自分で守れ」
「ったくよ…何でこんな事になっちまったんだ?」
翔一はぼやいた。勿論それは独り言だったのだが。
「俺に聞かれても返答できない」
律儀に少年から答えが帰ってきた。
翔一は頭を抱えた。
こいつは自分達と同年代だが、根本的に何かが違うのだ。
「だが、一つ言っておく」
少年はまるで新兵に訓示を与える将校のような調子で言った。
「どのみちもう戻れない。ついてくるか、死ぬかだ」
それは宣告だった。
翔一にも彼の言っていることは本当だろうと、何となく予感できた。
自分と委員長はもう普通の暮らしに戻れそうにない、と。
「……よし……委員長を助けるんだな」
翔一が確認するように聞くと、少年はうなづいた。
「なら…行こうぜ。このラボは家みたいなもんだからな、どこに何があるのかは分かってる。委員長のいそうな場所も見当はついてる」
「了解だ。任務を続行する」
「そうだ、お前名前何ていうんだ?いつまでもお前じゃ呼びにくいだろ」
翔一が尋ねると、少年は振り返って答えた。
「刃(じん)とでも呼べ」
その頃希望は翔一とは別の場所に監禁されていた。
独房とは思えないゆったりとした場所だ。
「……」
だが希望は不機嫌だった。
先ほどからこの部屋に押し込められて出してもらえないのだ。
翔一に会わせろと言っても応答はない。
シスター・ヘレナという女もどこかへ行ってしまった。
「ったく…どうなってんのよ…」
騒いでも仕方がないので、希望はベッドに寝転んだ。
その直後。
ドアの外で銃声が聞こえた。
「え?」
がばっと希望が起き上がるのと同時に、ドアが開き見知らぬ少年が姿を見せた。
拳銃を構え、油断ない足取りで室内に一歩足を踏み入れ、少年が口を開く。
「君が”委員長”か」
「………は?」
少年の意外な台詞に目を丸くする希望。
「やっぱりここか」
そして少年の後ろから翔一が現れた。
驚くべき事に、彼まで拳銃を持っている。
「ちょっと、巫護君…その手のものは何?」
「何って…拳じゅ…」
「そんなの分かってるわよ!なんで巫護君が拳銃なんか持ってるの!?」
翔一は一瞬黙った。その表情を見て希望も怪訝そうな顔になる。
「……ねえ、一体何が起こってるの?」
希望がもう一度尋ねる。
「おっさんが殺された」
「!?」
希望が驚愕した。
ついさっき会った人が、死んだ?
いや、殺された!?一体誰に、何の目的で・・・
「変な修道服をきた女に、素手で…」
「修道服を着た女って…!」
希望もついさっきまで会っていた。
シスター・ヘレナとかいう、謎の人物。
「今はここから逃げるのが先だ。俺は君の保護を命令されている」
刃が言う。
すでに無数の足音が慌ただしく近づいてきていた。
「う、うん。わかったわ」
「では急いでくれ、委員長」
「希望よ。華僑希望」
希望は陣の目の前に人差し指を立てて、そう言った。
「了解した、華僑」
それを見ている翔一は何やら釈然としない顔で、
「おい、急ごうぜ」
と、口を挟んだ。
「これよりACを奪取してここから離脱する。今から57分後に南西のドックに迎えが来る予定だ。それまでにそこに向かえ」
「またACに乗らなきゃいけないのね…それに向かえって…刃君はどうするの?」
「AC奪取後は、トンネルを通って行けばドックまで25分で到達できる。俺は隠してあるルミナス・レイを取りに行かなければならない」
「じゃあ、俺たち2人だけで追撃を振り切ってドックまで行けって言うのか!?」
翔一が驚くのも無理はない。2人は所詮、実戦経験1回の素人だからだ。
「心配はいらない。俺がルミナス・レイで敵を陽動する。固まっていくよりもその方が安全だ」
刃がそう言ってガレージのほうに走り出す。
慌てて翔一と希望も後に続いた。
「それより、聞いとく事があるんだけどよ」
走りながら、翔一が口を開く。
「なんだ」
「オーフェンズが委員長を保護しようとか言ってるのは、なんでだ?奴らとは違うって言い切れるのか?」
翔一の問いはもっともだった。
だが、刃はあっさりと、
「俺は巫女護衛の任務を受けただけだ。理由は知らん」
と、答えた。
ガレージは幸い、人が少なかった。しかもほとんどが翔一の顔見知りだ。
翔一と希望がそれぞれラー・ミリオンとインフィバスターに乗り込むのを見ても、とがめるものはいない。
しかも、ラー・ミリオンは既に先程の戦闘での破損箇所が修理されていた。
この研究時のすぐ近くに、南西ドックへ通じるトンネルがある。機密物資搬入用のものだ。
「刃君、気をつけて!」
希望が振り返って、声をかける。
だがその時には、既に刃の姿はなかった。
薄暗いトンネル内を疾走する2機のAC。
ラー・ミリオンとインフィバスターだ。
「あのさ」
翔一が通信を入れる。
「なに?」
「今日、ごめんな」
希望は一瞬きょとんとする。
翔一が謝るのを始めて見たからだ。
「俺がAC見せるなんて言わなければこんな事に巻き込まれなくてすんだんだよな」
いつになく神妙な翔一に、希望が声をかける。
「巫護君のせいじゃないわよ…なんだか遅かれ早かれこうなってた気がするもの、今となっては」
シスター・ヘレナの語った言葉。
巻き込まれたのは、むしろ翔一のほうかもしれないと希望は思っていた。
「でも…俺は唯一の身寄りが無くなったからいいけど、委員長の家の人とか心配するだろ?」
「ああ、それならだいじょーぶ。私寮で一人暮らしだから」
「委員長、一人暮らしだったのか?両親は?」
「……知らないの。親の顔」
翔一はすぐに後悔した。
「…わりい」
「いいのよ、別に。それより私は巫護君のほうが変に思えるわ」
「なにが」
「なんだか謝ってばっかりよ。巫護君も謝罪という言葉を知ってたとは驚きね」
「あ、あのな…」
その時、レーダーに敵の反応が現れた。
「委員長、敵だ!」
「え、どこ!?」
翔一が答えるより早く、後方から高速タイプのMTが追撃してきた。
数は6機。
「恐らく無人機だ。でも、いちいち構ってたらきりがないな…それに時間に間に合わなかったらやばいし…」
翔一はすぐに決断した。
「委員長、先に行ってろ!」
「バカ、言うと思ったわよ!何一人で格好つけて…」
「違う!こいつはスピードが速いし武装も充実してるから、すぐに片付けて追いつける!だから、先に行ってろ!」
そう言って翔一はMTの一機をレーザーライフルで攻撃した。
薄暗いトンネル内に光芒が走り、爆音とともにMTが撃破された。
炎がトンネル内を赤く染め上げる。
一機、二機。
次々とMTを撃破していくラー・ミリオン。
だが、新手のMTがどんどん押し寄せてくる。
ラボの防衛用MTだ。
MTしか来ない所を見ると、他の戦力はルミナス・レイの方に向かっているのだろう。
「……わかったわよ。でも、ちゃんと時間までに来なさいよ!」
「了解、委員長!」
「もう!」
インフィバスターが先に進んでいくのを確認して、翔一はMTの殲滅に集中した。
既に撃破したMTは20機近い。
使命の事は頭にあった。
だが、それ以前に希望を守るのは、この状況下ではごくごく自然な事だった。
レーザーライフルを連射。
MT2機、まとめて撃破。
狭いトンネル内で攻撃の回避は難しいが、所詮MTの攻撃力である。
機体の損傷はほとんどない。
やがて翔一はMTの殲滅を終えた。
倒したMTは、およそ40機。
「終わったかな…敵の援軍?」
新たな反応がレーダーに現れていた。数は1機。
「…AC!?」
炎の向こうに見えたのは、白い中量二脚ACである。
純白のACは教皇府の擁する十字軍の所属を現していた。
「……おや、あなたは先程の…翔一君といいましたか」
聞こえてきた声は、翔一が予想していなかったものだった。
「なっ…お前、死んだはずじゃ!?」
声はシスター・ヘレナだった。
だがあの時確かに、刃に撃たれて死んだはずだった。
「まさか。十三使徒の一人の私が、そう簡単に死ぬと思いましたか?」
翔一が驚愕する。
十三使徒。
翔一は洋司から彼らの事を聞かされていた。
教皇府の教皇の下、十字軍を指揮する13人のエージェントだ。
その戦闘能力はアリーナのトップ5以上のランカーに匹敵する・・・いや、上回るとすら言われている。
「十三使徒…まじかよ…」
翔一の頬を冷や汗が流れる。
「巫女がいませんね。逃がしたんですね」
翔一はぞっとした。
相手の顔は見えない。だが、声でわかった。
今も奴は、慈愛に満ちたあの笑みを浮かべているに違いない。
「行かせねえからな…」
翔一はラー・ミリオンの状態をチェックした。
機体損耗率5%、レーザーライフルはエネルギー50%。他は満タン。
システム、オールグリーン。
「新型ACラー・ミリオンですね」
ヘレナがやんわりと言った。
一方の彼女が乗っているACは、ライフルとブレード、デュアルミサイルという普通の機体。何も特殊なところは見られない。
翔一も知っていた。
十字軍の量産型AC、セラフィックだ。
基本性能はダイスより少々上といった程度だが、新型のラー・ミリオンに比べれば取るに足らない性能だといえる。
だが敵は十三使徒の一人である。油断はできない。
「さて、そろそろ行きましょうか」
あまりにも普通なその言葉・・・まるでお散歩にでも行こうかという口調だ・・・それが戦闘開始の合図だった。
その言葉があまりにも自然だった為、翔一は反応が遅れてしまう。
ヘレナのセラフィックがブースターで急接近し、ブレードで切りつけた。
「うあっ!」
ラー・ミリオンに衝撃が走る。
ブレードの出力があまり高くないのが幸いした。もしブレードの出力が高ければ、コアを切り裂かれて翔一は命を落としていただろう。
「くそっ!」
翔一もブレードで反撃する。
だがヘレナは翔一の斬撃をあっさりとかわすと、ラー・ミリオンの背後に回った。
狭いトンネル内だ。AC3体がやっと並ぶ程度の広さである。
ラー・ミリオンの高機動性が封じられていた。
何とか距離をとり、ライフルを受けつつも旋回する。
レーザーライフルを構えるがその時にはセラフィックは再度ラー・ミリオンの目の前に迫っていた。
ロックオンせずに発射する。
だがその攻撃は予測されていたらしく、レーザーが放たれたときには既にセラフィックは横に滑りその攻撃を回避していた。
再びブレードの一撃。
ラー・ミリオンに衝撃が走る。機体損耗率が40%を越えた。
「ちきしょうっ!」
翔一が叫んだ。
だが、追い討ちは来なかった。
セラフィックが若干後退し、動きを止める。
「?」
翔一も攻撃をしなかった。
敵が動きを止めたからといって、こちらが攻撃してもどうせ通用しないだろう。
「……命拾いしましたね」
やんわりと、ヘレナが言ってきた。
「なに!?」
翔一が聞き返したその時には、セラフィックはラー・ミリオンを押しのけ、元来た道を戻っていった。
翔一は追わない。いや、追えない。
・・・これが実戦なのだろうか。
初の実戦では新型機に乗りながら、しかも援護のMTとACもいたのにたった一人の、同じくらいの歳の少年に追い詰められ、今度ははるかに性能の劣る量産型ACに手も足も出ないのだ。
翔一は悔しかった。
「ちくしょう!」
拳を叩き付ける。痛みが走った。
こんなんで本当に守れるのか?
「………」
翔一は考えるのをやめた。
今はとにかく、希望に追いつかなければならない。
翔一はOBを起動し、希望に追いつくべくラー・ミリオンを疾走させた。
ブレンフィールド海域、水深300メートル。
そこを、巨大な潜水艦がその巨体にそぐわないかなりの速度で海中を進んでいた。
ここはその潜水艦のブリッジである。
そこには数人のブリッジクルー、そしてこの艦の艦長と思われる男がいた。
まだ30にはなっていないだろう。せいぜい20代後半だ。
「艦長、間もなくブレンフィールドの索敵範囲に入ります」
オペレーターと思われる少女がそう告げた。かなり若い、まだ10代半ばだろう。14か、15だ。
「わかった、ミリア。グリュック、本艦は待ち合わせ時間までここで待機する」
「了解だ」
片腕の男が応じる。
艦長はうなづき、そしてつぶやく。
「巫女、か……」
彼の名は、ビリー・フェリックス。
オーフェンズ総帥であり、この万能潜水艦メギドアークの艦長でもあった・・・
あとがき 第2話「遺言」
週一ペースなんて、とっくに崩れてますね…いかんなあ…
内容ですが、相変わらず翔一が弱いです。というか敵が強いのか。
そしてビリー、グリュックが登場しました。ちらっと。
あと、ミリアはレイさんのキャラです。感謝です。
他の面々は、多分次の話から登場すると思います…一度に登場してもこんがらかりますしね。
執筆ペースが最近落ちてますが、見捨てないで下さいね(ぉ