ARMORED CORE4 果て無き輪廻
第一話
薄暗い整備ガレージのキャットウォークに、一人の青年が居る。年齢は二五歳前後だろうか。
黄色系の肌に、アメジスト色の瞳。肩辺りまで伸びる黒髪と言った特徴を持っている。
そして、目の前には黒い巨人が青年を見下ろすように立っていた。その巨人には、今整備中なのか複数の人間がとりついて何やら作業をしている。
新型アーマード・コア、ネクスト―――それがこの巨人の名前だ。
「ネクストも・・・・・・これじゃあまるでモルモットだな・・・・・・」
青年が、ぽつりと呟いて、コックピットへの道を歩いて行く。
ネクストとは、一般のノーマル型ACを、最新技術を用いてハイエンドタイプに改良した機体だ。ネクストは多くの最先端技術を使い、ノーマルとは隔世の戦闘力を持つと同時に、企業の持つ強大な権力の象徴。国家解体戦争、そしてネクスト戦争での破壊の象徴。そして、世界の混沌の象徴となっている。
ネクストには、一年前まで『レイレナード陣営仕様』と、『GA陣営仕様』が存在していた。しかし、ネクスト戦争によって、レイレナード陣営が壊滅した為、レイレナード系ネクストは一機しか残っていないと伝えられている。その為、最後のレイレナード系ネクスト以外のネクストは全てGA陣営仕様の物となっており、世界中に数十機が配属されている。
その為、通常この整備ガレージにはGA陣営仕様のネクストがなければ可笑しいのだが、何故か青年の目の前にあるのはレイレナード系ネクストであった。実は、この機体こそ最後のレイレナード系ネクストであり、彼の搭乗機なのだ。
「ガナッシュ。機体の準備は完了した。すぐに出られる」
「了解した。全員早く退避しておけよ」
ガナッシュと呼ばれた青年は、そのまま素早くコックピットへ潜り込み、ジャックと機体を繋ぐ。
同時に、ガナッシュに膨大な量の情報と、苦痛が伝わってくる。
ネクストを操縦するには、特殊な才能が必要だ。
それは大脳新皮質の一部で特殊な電気信号を感知し、それぞれ運動野や視覚領域、聴覚領域に振り分けて処理できる、というものだ。この才能を持った人間は、世界中で未だ40人余りしか発見されていない。この才能を持つ人間を、人はリンクスと呼ぶ。
ガナッシュは、ネクスト戦争直後の企業の弱体に付け込んでコロニー・アスピナや、コロニー・アナトリアのようにネクスト傭兵を売り付けようとしたこのコロニーで行われた検査で発見された、このコロニー唯一のリンクスだ。
また、このレイレナード系ネクストも、その時このコロニーがコロニー・アスピナから譲り受けたものである。
もともとコロニー・アナトリアと友好関係を築いていたこのコロニーは、ガナッシュのAMS適正発見と同時に乗り手が去って不要の物となったネクストをくれないかコロニー・アナトリアに打診したのだ。答えはOKで、その結果、ガナッシュがレイレナード系ネクウト最後の一機に搭乗する事になったのである。
「ガナッシュ特尉。起動完了次第速やかに輸送VTOLへ移動を」
「了解」
ガナッシュは短く返事を返すと、輸送VTOLのハッチから中へと入り込む。同時にアームが伸びてきて、ガナッシュの機体をホールドした。
戦線への輸送開始である。
昔、ガナッシュはレイヴンでも何でもなかった。それにこのコロニーに居るのも、偶然流れ着いたからである。
もともとガナッシュは小さなコロニーの軍に入っていたが、そこが企業の攻撃を受けた為軍は壊滅し、結果的にコロニーも壊滅して、運良く生き延びたガナッシュは、今暮しているコロニーに流れ着いたのだ。
そして、また軍に入った。何故また入るのか。それは、何処の軍も人手不足で、入り易いからである。何の特技も無いガナッシュが生き残るには、それしかなかった。
「これで22」
ネクストに乗る前の事を思い出しながら、ガナッシュは目の前で炎上するノーマルACを見ながら呟いた。
これ以上はレーダーに反応が無い。そろそろ目標達成の為に動く頃合だろう。
「オペレーター。敵基地への入り口は」
「現在地点から東へ20km移動してください。ハッチが有る筈です」
「了解した」
ガナッシュはそう短く返すと、オペレーターに指示された場所へ機体を駆る。
今回引き受けた任務は、山岳地帯に築かれた反対抗組織の基地を破壊する事だ。
この前受けた任務は反対抗組織から。今度はGA側からの依頼だから、少々複雑なものを覚える。これはコロニーの為の傭兵業であって、自らの考えで戦っているレイヴンではないのだから相手を絞らないと、コロニーが蹂躙されてしまうのではないのだろうか。コロニーは脆弱なので、今この瞬間にも滅んでいるかもしれない。
まぁ、その時は逃げ出して本物のネクストレイヴンになる心構えだが。
「これか?」
しばらく進んでいると、20kmの所で滝が流れていた。一瞬そこに突っ込んでブレードでハッチを両断しようかと思ったが、両断した直後の反撃が怖いので左背中武器のOGOTOを構え、一撃で吹き飛ばせるように中央に照準を絞り、発砲した。
ハッチは、グレネード弾の直撃に一撃で凹み、爆風で吹き飛ぶ。直後、ハッチの中から熱源が接近してきた。直感でクイックブーストを使い、右へ移動する。半拍後、ガナッシュの機体のプライマルアーマーを貫通してレーザーライフルが貫通し、後方に流れて山肌を削る。
「熱源確認、熱源照合。GOPPERT−G35機確認。敵ネクスト、未だ確認できません」
間髪入れずに、オペレーターからの状況報告が入った。その情報が頭の中でネクストの機体情報と共に渦巻き合い、一瞬吐き気を覚える。この感覚は何時まで経っても嫌だ。
そんな感覚を忘れる為に、目の前に居る敵を屠る。
一機目は右手に保持していた04−MARVEで蜂の巣にし、2機目は崩壊寸前の1機目と共に左手の07−MOONLIGHTで横一線に切り捨てる。やっとネクストを補足できた残りの連中には、グレネードを打ち込んで爆散させる。
「弱いな・・・・・・この程度なら企業のネクストで十分対応できるはずだが・・・・・・」
普通、企業の連中が自分を使うのは自分の所のネクストに被害を出したくなかったり、戦力が削がれる可能性の有る場所にしかコロニーに依頼要請は出さないはずだ。
なのに、さっきから自分の機体に戦力が集中する訳でもなく、簡単に此処まで来れた。まぁ、ノーマルACを保持している時点で中々のものかもしれないが。
しかし、これらの行動はどうにも自分を誘い込んでいる様にしか思えない。
一応、念には念を入れてか。
「オペレーター、この基地のマップは手に入るか?」
「この基地の制御プログラムいハッキングを掛けて入手できますが、5分下さい」
「判った。手に入ったらすぐに送れよ」
これで脱出経路は確保できるだろう。
ガナッシュは通信素子を遮断して、基地の中に侵入させた。
流石に山の中に建築された基地だからか、内部構造は中々広く、設備も充実している。一瞬企業が後に使うのかと思ったが、今回受けた任務は完全に破壊する事だから、違うだろう。もしかしたらネクスト戦争の置き土産でも有るのかもしれない。組み立て直前のネクストパーツやプロトタイプネクストを思い浮かべてみるが、確証は持てない。
「ちっ・・・・・・ハッチか・・・・・・」
ガナッシュはそこで機体を止めて、レーダーを確認しながらハッチ脇にあるコンソールのボタンを押して、ハッチを開ける。
一応の為横のスペースに一拍置いてクイックブーストで移動してみたが、何かが起こる訳でもない。中を覗いても、視覚素子から送られるデータには何も問題は無かった。
「何も・・・・・・無いか?」
そう呟きながら、ガナッシュは機体を歩かせて、ハッチを潜る。
視覚素子で一応周りを見てみるが、何も以上はなさそうだ。ただ、気になるのはこの空間がやけに広い事だ。更には、壁にいくつもの銃創はレーザー痕がある。
「演習場か? 反対抗組織にしてはやけに金を掛けて――――――」
次の瞬間、突然警報が基地全体を包み、同時にハッチが閉まる。そして、ガナッシュの頭にはロックオン警報が鳴り響いていた。レーダーも、3D状態で敵機体と思しき熱源を投影する。
だが、ガナッシュにはそんな事を気にする間もなく、オーバード・ブーストでその場を離脱する。次の瞬間には、一拍前まで居た地点がコジマ粒子砲で完全に消し飛んでいた。
「何だ!? 新手!?」
ガナッシュは、即座に空中でクイックブースト旋回をして、敵機を捕捉する。視覚素子が、敵機の情報をコンピューターで照合し、データがガナッシュの脳内に突きつけられる。
「002−B・・・・・・? プロトタイプネクストか!?」
ガナッシュは、改めて相手を見詰めなおす。あのアナトリアの傭兵は、この敵が3機居る状況下で全機撃破して還って来た記録が有る。同じ性能を持つ機体でも、自分の腕前では一機でも及ばないんじゃないか――――――。一瞬そう思ったが、生きて帰るにはコイツを倒すしかない訳だ。なら、倒すしかない。
そう考えて、着地と同時に右にクイックブーストを噴いて、敵機に左から回り込み、左背中武器のOGOTOと右腕武器04−MARVEで一斉に集中砲撃する。回避されるかと思った砲撃は、思いの外全弾命中した。が、敵は爆風を突っ切って、ロングブレードで斬りかかって来る。
慌てて右方向にクイックブーストを噴かして回避を試みるが、ブレードはプライマルアーマーを貫通し、整流器と装甲を蒸発させて後方に流れる。
「ちっ・・・・・・負けるかっ!」
敵のブレードを振った直後のスキは大きい。ガナッシュは急ぎ機体を旋回させて、左手の07−MOONLIGHTで斬りかかる。
しかし、この攻撃も命中はしたが、敵の高出力プライマルアーマーにブレードが減衰し、装甲を焼く程度しか出来なかった。
この一撃で勝負をつける心算だったガナッシュは、慌てて距離を取ろうとするが、次の瞬間敵機がコジマ粒子砲を零距離射撃の体制で保持しているのに気がつく。
「!?」
次の瞬間、ガナッシュの視界を白が埋め尽くす。世界に色が戻ったときには、ガナッシュの機体の右腕が蒸発して消えていた。
「くそっ! バランサー再構築開始、同時に今の損傷によるプログラムの損失部分を修正・・・・・・!」
機体のコンピューターに指示をとばしながら距離を取っていると、敵機が再びロングブレードで斬りかかって来た。
「ちぃっ・・・・・・こんな所で負けられるかっ!」
ガナッシュは歯噛みをしながらオーバード・ブーストを点火して、真上を通り過ぎて距離を取る。同時に、敵機の目の前を通り過ぎる直前にグレネードをパージして、先日の戦闘と同じ要領でプライマルアーマーを減衰させる。
「堕ちろっ! 意志の無い機械がっ!!」
ガナッシュは、クイックブーストを使い一瞬で機体を反転させ、オーバードブーストを噴かして一気に肉薄すし、左手の07−MOONLIGHTで敵機を切り裂き、そのままの勢いで残骸に体当たりをし、吹き飛ばす。
「・・・・・・やったか・・・・・・?」
レーダーには熱源は映っていない。いい加減生き残りも撤退しただろう。ここに誘い込まれたのも、離脱の準備を整える為かもしれない。
「オペレーター、聞こえるか?」
ガナッシュは、吐息をしながら通信素子を開いてオペレーターに通信を図る。しばらく待つと、雑音混じりに緊迫した声が聞こえて来た。
「―――く、りだ―――ください。あと2――基地が爆は―――す。マップに記されたル―――おりに離脱を」
「? 何だ? よく聞こえないぞ?」
そう返事したした次の瞬間、突然薄暗かった演習場に灯りが灯った。そして、矢次にオペレーターの声が伝わってくる。
「この基地の情報伝達回路を完全に掌握しましたので、こちらでお知らせします。現在、この基地の自爆機能が作動しており、退避の完了終了時刻まで、あと2分ありません。マップに最短ルートを表示しますので、急ぎ離脱してください」
「なっ・・・・・・くそっ。いっつもこの手の仕事しか回ってこない・・・・・・了解した。これより離脱する。輸送ヘリは衝撃波を受けないように、合流ポイントをG−7に変更。それと、ベースパーツ含む現在装備中のパーツを全部企業及びジャンク屋に注文しておけ」
そう言いながら、ガナッシュは装備していた07−MOONLIGHTを放り投げ、ブーストを全開で噴かしてマップを辿って行った。
間もなくして、外の光が見えてくる。
ガナッシュは、その光に向かってオーバード・ブーストを展開し、作戦エリアから離脱した。
「ふむ・・・・・・」
男は、自らのコロニーで使っている傭兵の戦闘データを見て、思案顔をしていた。
年齢は40歳前後。彼は、このコロニーでも国防委員長の任に就き、軍事関連の総指揮者だ。ガナッシュがただの一般兵からネクスト乗りになったのも、この男の計画によるものである。
「データの質も量もそれなりか・・・・・・もう少しでこの傭兵も用済みだな・・・・・・」
少々惜しい気もするが、あんな常識人より適任者がもう居るのだ。アレに戦闘をやらせているのは適任者が死なない為だ。
本当は今回の任務で消すつもりだったのだが――――――
「やはりデータが揃っていなければ働きもそれなりか。あれ程の性能だったんだが」
せっかく進化した技術でネクスト戦争時よりも全てのパラメーターが高かったのだが。
「早めにアレを消して、地下の物を全て起動させるか」
それで全ての企業の頂点にこのコロニーが来る。そして、世界はレイレナードの天下だ。
「もう少し・・・・・・」
男は笑う。
―――そうだ。私が世界の支配者だ。