アーマード・コア、名も無い物語。

 えらく綺麗なもんってのは、それだけで

第2話。
 
 アンバー・クラウンの、とあるビルの屋上にあるカフェテリア。

「なぁ、なんでレイヴンになんてなろうと考えたんだ?」

 久し振りに出たショッピングで、これまた久し振りに会った級友はそんな事を訊いてきた。
 無理も無い。
 レイヴンの一般見解と言えば、この世の悪。
 力こそ全ての裏の世界を謳歌する、小汚い傭兵だからだ。
 仮にも優秀なガード隊員であった私がいきなりそんなものに成り下がったとすれば、不思議がるのも当然だ。
私は吹き抜ける乾いた風に、少し温くなったアイスコーヒーを口に含んだ。
「…………んー……」
「あ、いや、無理に答えなくても良いんだがな。色々有ったんだろうし」
 レイヴンというのは『わけあり』でなる奴も多い。
 当然、ヤクザな奴の方が遥かに多いが。
 で、彼は私が前者であると解釈してくれているらしい。
 自分で言うのもなんだが、間違いではない。
 間違ってはいないが……。
「そいつを話すにはちと長い話があってね」
 予想外に軽い声、だったからだろうか?
 何故か彼は驚いたような表情を見せた。
「・………………」
「そもそもは全て、あの日に決まっていたのかも知れない、なんて思う時がある」
 私は煙草に火を点けた。
 夕暮れ色に変わりつつ有るスクリーンに、薄い紫色のかかった煙が、緩く立ち昇る。
「その後の空白は多分、それを確認するために有った、とかな」



 物語のワンシーンのように、私の脳裏にはあの日の情景が鮮明に甦っていった。
 


「『それ』が他人の命を奪うもんだ、と。そう理解するのには随分と時間が掛かってしまった」

 テロリストを追い詰めた先の罠。
 もう2度と、恐らく永久に開かない扉の内側。
 爆薬も、レーザーも、何も通しはしない大昔のシェルター。
 彼らの決死の思いと共に、そこに仕掛けられていたのは灼熱地獄であった。
 身を挺して私達を庇い飛び込んだその死の空間から。
 隊長は他の隊員にも届くように電子の声で、言った。
「何せそいつは、殺伐とした、灰色だらけの戦場の中で唯一つ、本当に唯一つだ」
 軽いスパークが無線の声に雑じって聞こえる。
 息は、少しだけ荒い。
 だが、声は落ち着き払い少しも上擦ってはいない。
「真白い直線を真中にして、そこだけ」
 画面の向こう側の、横側のモニタにちろちろと赤い炎が映る。
 揺れるたび、彼の頬が僅かにオレンジ色に染まる。
 目を瞑り、静かに彼は続ける。
「まるで妖精か何かが通り抜けたかの様に、綺羅綺羅と光の粒を撒いていくんだ」
 脳裏には今、何が映っているのであろう。
 塵を焼き、星を撒き散らすプラズマが。
 絶望をもたらす光の妖精の通り道が、見えているのであろうか。
 苦笑にも似た表情で話す彼。
「あまりに現実感を欠く、綺麗なオーロラグリーン」
 何かの弾ける音が断続的に起こり始める。
 パチッ、ピキッと言った感じの音だ。
 声はまだ、上擦らない。
「そいつが、狙いに填まる。今度は派手なオレンジさ」
 モニタの向こうの顔が、汗をかき始めているのがわかる。
 それでも微動だにしない。
 本当に落ち着いていた。
「次に、青。空高ーく、青く光る粒が散ってく」
 優秀な狙撃手であった彼は言う。
 凄惨な『殺人現場』と言う光景が幻想的なものように思えてしまう。
 そんな感じだった。

「誰が気付く」
 急に声のトーンが変わった。
「誰が止められる」
 ・………………………。
「この世で一番綺麗なものがある、その場所で」
 悲しんでいるのだ。
「誰が気付く」
 恐らく、自分のことを。


「……くくっ」
 ・…………………?
「ふ……あっははははははは!」
 突然の狂ったような笑い。
 私達は呆気にとられながらも、それでも、次の言葉に耳を澄ました。
 しばらくの笑い。
 引き攣るようになって、止まる。
「道理で。道理で、何も無くても戦えたわけだ!」
 サイドモニターのフレームが、とうとう歪んだ。
 それでも隊長は、スティックから手を離さない。
 もう手はとうに焼け付いている筈だ。
「はは、は……」
 涙は、流れながら乾いていく。
 

 暫くの沈黙の後。

「隊長」
 仲間の一人が口を開いた。
「……なんだ」
 全員が注目する中で。
 よく通る、ハッキリとした声で。
「一つ質問があります」
 ここで、画像のノイズが酷くなり始めた。
 恐らく熱で部品がやられ始めたのだろう。
 向こうでも感づいているのか、こう答える。
「……早めにな。あまり時間はなさそうだ」
「……はい」
 答えた彼は、一つ深呼吸をするとこう切り出した。
「小官等は、『人殺し』なのでありますか」
 あまりに陳腐で馬鹿げていて、それでも今の私達の気持ちを確実に表している一言。
 ほんの少し考えた後で、隊長はこう答えた。
「ああ。そうだ」
 直に言われればショックである事は間違いない。
 皆も同じであろう。
 ……彼はこう続けた。
「お前は、何を望む」
 沈黙してしまう私達。
「お前たちは、この仕事に何を望む」
 ザッザアッと言う音。
 酷いノイズが入って画像が途絶えた。

「それが”答え”だ」
 

 


 『生き延びるため。それもいい。他人を踏み台にして行くのは当然の事だ』
 『”想い”と”思い”』
 『その両方が大切で、両方とも欠けている』
 『……正義などと言うものは無いんだ』
 『壊す事しか出来ない人間もいる』
 『護る事が出来る……人間もいる』
 『全てはたった……たった、それだけの……違いなのだ』



 ”忘れてはいけない。相手も……温かい身体をもった人間なのだということを”


 それが最後だった。
 

 後日。
 私はあの、隊長が好きだった事を真似していた。
 初めて、屋上からの景色を見ながら、ボーっと煙草を吹かす。
 人口の空に映る色は青、と言うより白。
 エアクリーナーが起こす人工の、それでも心地良い風が通り過ぎる。
 ……答えが欲しかったのかもしれない。
 若しかしたら、そうすることで見つかると思ったのかもしれない。
 ナーヴ・ドラマじゃないが、少しでもあの人が考えていた事を知りたかったのだろう。
 あの時の最後の言葉の本当の意味と、その前の小さな質問の答えが。
 だが、見上げても見下ろしても何処までも、極当り前の光景が広がるのみ――。
 
 その日もアンバー・クラウンは、ただただ普段の光景を映し出していた。



「ま、人を殺すのに、理由も何も無い。それだけさ」
 何かを『分かってしまった』気分とでも言うのだろうか。
 あの時に感じたのは確かそんな気分だった。
 テーブルの向こう、聞き手の彼は深刻そうな顔をして俯いている。
 まぁ、無理も無いかもしれない。
 彼はヒトゴロシではないのだから。
「なんか、変わったな」
 搾り出すように一言発すると、氷が溶けて温くなった水をあおる。
 私は飽くまで軽く答える。
「そうかもな」
 あの時の隊長は、私がレイヴンになるなどと予想だにしていなかっただろうな。
 そんな事を考えつつ煙草をふかす。
 
 時折通り過ぎるエアクリーナーの風は、爽やかだった。
 あの日、あの屋上で感じた風と同じように。 



第2話―――CLOSED。